魔性の女3

「やあ、俺のシルヴィエラ。元気そうで何よりだ」

「どうして! 女友達と旅行に行ったって聞いたのに……」


 私は焦ってテレーザを見た。義妹はバカにしたような表情で、肩をすくめる。


「ふん、つくづくだまされやすいわね。わたくしがあなたなんかに、本当のことを言うわけないじゃない。そんなんでよく、王子達のねやの相手ができたこと」

「閨? 寝室って……違う、誤解よ!」


 さっき否定したにもかかわらず、義妹は私が王子達と男女の深い関係にあると、思い込んでいるようだ。それってラノベのシルヴィエラで、私ではないのに!


「どうでもいいわ。だってあなたはもう、逃げられないんですもの」

「そんな!」

「俺は心が広いからな。あいつらにけがされたことは、我慢してやる。お前が産む子はみんな、うちの子として育ててあげよう」

「ひっ」


 ベッドに近づく義兄に、私は恐怖のあまり変な声が出る。うちの子も何も、そんな覚えは全くないので、生まれるわけがない。

 まさか、これから作るって意味じゃあ……?

 

「俺とお前の子ならきっと可愛い。大丈夫、生まれてもお前のことを一番に愛してあげよう。ババァのせいで修道院に行かせるなんて、惜しいことをした。本当なら、俺達はとっくに一緒になっていたのに」


 ならないから~~!

 ベッドに足をかける義兄を見て、私は怯えながらじりじり後ずさる。自信たっぷりなヴィーゴは相変わらず丸々して、額には脂汗が浮かんでいる。吐く息も臭く、何より服のセンスが最悪だ! 緑の上着に赤いシャツ、黒いベストと紫色のトラウザーズとはどういうことだろう? いや、それよりも……


「待って。それ以上近寄らないで!」


 私は縛られたままの両手を突き出した。

 指が、義兄の肉に埋もれてしまう。


「照れているんだな? そんなことも気にならなくなるくらい、ドロドロに愛してやる」

「怖っ!」


 思わず本音が零れた私は、助けを求めるように義妹と義母に目を向ける。しかし継母は、私から目をらすと戸口から一歩下がった。義妹のテレーザが手を口に当て、楽しそうに笑う。


「ほほほ、いい気味ね。あなたなんてせいぜい、兄様の相手がお似合いだわ!」


 今のって私だけでなく、実の兄もバカにしてないかい? ラノベのテレーザは「兄をシルヴィエラにとられた」と、嫌がっていたのに。いや、そもそも原作で彼女は、こんなことをしないはずだ。ラノベ通りだと……って、この世界はもう、ラノベなんか関係ない!!


「嫌よ! お願い、私を解放して……お継母かあ様!」


 私は必死に叫ぶ。

 その途端――


「……がっ」


 義兄のヴィーゴに頬を叩かれ、勢いでベッドのヘッドボードに頭をぶつけた。痛みで頭がくらくらする。遠くに義妹と継母の声が聞こえる。


「バカね」

「逆らったら、恐ろしいざます。あなたが我慢すれば、全て丸く収まるの……シルヴィエラ」


 久しぶりに名前を呼んでくれたと思ったら、それ? どうして私だけが、こんな目に遭わなくてはならないの?

 急速に力が抜け、諦めの気持ちが押し寄せる。


 ――自宅に監禁されているとは、いくらロディでもわからない。いえ、彼は幸せすぎて、私がいなくなったことにも気づかないかもしれないわね。私は彼が、こんなに好きなのに!


 最初からロディに釣り合わないと、わかっていた。私は彼より年上で、男爵家と身分が低く、両親を亡くしている。だから恋など叶わぬと……好きになっても想いを告げず、黙っておこうと決めたのだ。


 ロディは今頃、隣国の王女と仲睦なかむつまじく過ごしているのだろうか? 婚約はもう、認められた?  片や私は自宅で、貞操の危機に陥っている。こうして義兄の手にかかるくらいなら、たとえ一夜でも、ロディと過ごせば良かった……


 悲しくて、思わず涙が零れた。


「泣いているのか? 叩くつもりはなかった。お前が俺を嫌がるからだ。おとなしくしていれば、優しくする」


 私の頬に丸々した手を当て、義兄が呟く。

 そのセリフ、どこの犯罪者? 

 暴力で言うことを聞かせようだなんて、最低だ。こんな男の言いなりになるくらいなら、いっそ――


「これからお楽しみってことね? ま、せいぜい頑張って。兄様、跡継ぎを産む前に壊したらダメよ」


 義妹が恐ろしいセリフを吐き、継母と一緒に部屋を出て行く。

 パタンと扉の閉まる音が、私には死刑宣告のようにも聞こえた。

 

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