魔性の女2

 目覚めると、冷たい石の床の上――

 なんてことはなく、ふかふかのベッドの上だった。しかもこの天井てんじょう、妙に見覚えがある。


「痛っい……」


 身体を動かそうとした私は、異変に気づく。腰だけでなく、首も頭も全身が痛い。それに両の手首が、麻縄のようなものでがっちり縛られている。


「あれは夢では、ない……?」


 何者かに殴られて蹴飛ばされた私を、義妹のテレーザが見下ろして笑う。彼女の側には複数の人影があり、どれも男の人に見えた。それなら、男達が私を?


 なんとか起き上がり、慌てて服を確認する。身につけていたのは、夜会と同じラベンダー色のドレスだ。泥汚れもそのままなので、脱がされてはいないようだ。


「良かった……いや、あんまり良くないんだけど」


 こんな姿で、こんなところに閉じ込められる理由がない。現実の私もそうだけど、ラノベのシルヴィエラにしたって、さらわれる場面は出てこなかった。

 そこで私は、ふと思い出し、恐ろしさのあまり目を見開いた。


 ――ま、まま、まさかこれって、一人目のヴィーゴのシーン? 監禁して無理に言うことを聞かせるという……


 だってここは、王都にあるコルテーゼ男爵家の#私の部屋__・__#だ。『聖女はロマンスがお好き』では、まず義兄のヴィーゴがシルヴィエラを手に入れる。こうなるのが嫌で、私は修道院を逃げ出したのに!


「嘘! すっ飛ばしたところが巻き戻るって……そんな!」


 義兄の手に堕ちたシルヴィエラは、幼なじみのレパードを目にするまで、屋敷から出られない。流されやすい彼女は、血の繋がらない義兄の要求に何度も応えていく。

 だけど幼なじみのはずのレパードは、ここではローランド王子と同一人物だ。第二王子は、こんな場所には現れない。だったら私は、ここで一生過ごす羽目に――?


「だ、大丈夫。テレーザが『ヴィーゴは旅行に出た』と言っていたから」


 私はつぶやき自分を励ました。

 けれどドアが急に開いたため、おびえて身体を強ばらせる。




「あら、もうお目覚め? すぐに伸びてしまったから、当分ダメかと思っていたのに」


 戸口で毒々しい笑みを浮かべるのは、義妹のテレーザだった。彼女はそのまま部屋に入ると、肩をすくめた。


「なんでこんなところにいるのか、わからない。そんな感じの顔ね?」


 目を細めて楽しそうに笑う義妹。

 もう可愛いなんて思えない!


「教えてあげるわ。扇を失くしたなんて真っ赤な嘘よ。バカなあなたはすぐに騙され、庭にのこのこ出てきた。わたくしのい人達がひそんでいるとも知らずにね」

「好い人? それに#達__・__#って……まさか!」


 テレーザは十六歳になったばかり。

 今のは、複数の男性と仲が良さそうな口ぶりだ。


「まさか、って? あなたの真似をしただけじゃない。自分だっておとなしそうな顔で、男をたぶらかしていたくせに」

「違う。そんなことしていない!」

「ど~だか。わたくしだってモテないわけではないのよ? 女性を一人連れてきてと頼んだら、応えてくれる男性はいっぱいいるの。後でご褒美をあげればいいんだから」


 その言葉に息を呑む。

 私を攫わせたのは、やっぱり義妹だった。

 しかも、あの場にいた男性達との関係を匂わせている。ラノベとは違い、現実で男性を手玉に取っていたのは、義妹のテレーザだった!


「あなたが指示を? どうして!」

「どうしてって? あなたが目障めざわりだから」

「目障り? それならなぜここへ? それよりテレーザ、こんなことはよくないわ。男性との軽々しい付き合いも」

「わたくしに説教する気? 自分だって王城に囲われて、贅沢な暮らしをしているじゃない。王子を二人もはべらせて、いい気なものよね」

「それは間違いよ。王子にはそれぞれ、決まった相手がいるもの!」


 私は胸の痛みを抑えて、吐き出すように口にした。誤解を解いて、ここから自由にしてもらおう。


「じゃあ、側室ってこと? でも、それももう終わりね。頭にくるけど、我が家にはあなたが……あなたの血が必要なの。王家が認めない限り、直系の者しか爵位を継げないんですって」


 いや、それは前からわかっていたことだ。お金がないから修道院に行けと言われ、前世を思い出す前のシルヴィエラは、素直に信じた……いつかこの家に戻れると思って。それはもちろん、こんな形ではない。


「あなたがいなければ、爵位が取り上げられてしまう。そうしたら、男爵家の令嬢としてのわたくしの身分もなくなるのよ。ひどいと思わない?」


 私は呆れて口をポカンと開けた。

 まさか、そんな理由で誘拐を?

 

「男爵の名はあなたでも、財産はわたくし達のものよ。それにあなたが兄の子を産めば、この家には要らなくなるわ」

「そんな!」


 だから無理やり攫ってきたの? 

 私を追い出したくせに、なにを身勝手な。


「こんな勝手が許されるとでも? お願い、テレーザ。正気に返って!」


 私は急いで言い切った。

 テレーザの目を覚まそう。

 大声を出せば継母が聞きとがめ、彼女を注意してくれる。すぐに解放されるなら、今回のこれはなかったことにしてあげてもいい。


「わたくしはいつでも正気よ。勝手ですって? まさか!」


 かすかな音がしたため、扉の方に目を向けた。

 私はそこに、信じられないものを見る。


 少し老け、やつれたような細身の継母。

 その後ろに立つ大柄な男は――義兄のヴィーゴだ!

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