魔性の女1

 手すりにもたれかかり、暗い庭を見つめた。


「ロディ……」


 彼を想ってつぶやくと、背後から別の女性の声が聞こえる。


「あら、こんなところにいたのね。王子様のお相手はもういいの?」


 今度は誰だろう?

 振り向く私の目に、フリルがついたピンクと白のドレスをまとった義妹――テレーザの姿が飛び込んだ。


「なっ……」


 慌てて辺りを確認する。

 義妹がここにいるってことは、まさか義兄のヴィーゴも一緒なの!?


「嫌だわ、お義姉様ったら。そこまで警戒しなくてもいいでしょう? この前は、突然お兄様に引っ張って行かれたから、わたくしも動揺していたの」


 動揺? その割には落ち着いて、第一王子にぴったり張りついていたような。


「あと、お兄様なら来ていないわよ。女友達と旅行するから、当分家を空けるんですって」


 旅行? あの義兄に女友達って……

 もしかして、婚前旅行だろうか?

 まあ、私にとっては喜ぶべきことだ。義兄に親しい女友達がいるなら、これから先も私が狙われることはない。


 幼なじみで第二王子のロディには、エメリア王女がいる。第一王子はあっさり引き下がり、婚約者のヴィオレッタは彼を諦めないと言う――もしかして私、ラノベから完全に解放されたのでは!?

 その証拠に、今まで意地悪だった義妹も私に頭を下げている。


「この前は……いえ、今までのこともごめんなさい。どうか、許してほしいの」


 驚いて言葉が出ない。

 筋書きにない王女が現れた途端、いろんなことが変わってくるなんて! 

 ロディが離れてしまうのは、当然悲しく苦しい。だけどこれから私は、ラノベのヒロインになるかもしれないと、心配しなくていいのだ。


「変なお義姉様。ボーッとしてどうしたの?」

「いえ、あの……」


 それなら、義妹の愛想が良いのも納得できる。

 ラノベでのテレーザは、自分の兄がシルヴィエラの部屋に入り浸ることを快く思っていない……今回そんなシーンはなかった。また、ヒロインが王城に囲われた後彼女の出番はないが、ストーリーが関係ないなら義妹も自由に動けるはず。だからこの場にも一人で来て……ん? 一人?


「ねえテレーザ。どなたとここに?」

「あら。わたくしのことを気にしてくれたのね。子爵家の方と一緒なの。王子様を射止めるお義姉様ほどではないけれど、わたくしにだって気にかけてくれる殿方くらいいるのよ」

「そんなこと! 貴女が可愛いのは、よくわかっているわ」


 私は急いで口にした。

 金色の髪で桃色の瞳の義妹は、はっきり言って可愛い。愛想のいい彼女は、前よりもっと親しみやすくなった。

 それに引き換え私は、王子を射止めるどころか存在すら忘れられているみたい。少しという話が、もうずいぶん放っておかれている。


「ふふ、お義姉様ったら。それならわたくしを、許してくれるのね?」


 こんなセリフ、以前の義妹からは考えられない――やっぱりラノベは終わっている!


 失恋したけど、ふしだらなヒロインの運命は回避できた。それなら私は、きっとここから。家族と和解すれば、そのうち心の痛みも薄れてくるだろう。

 私は義妹のテレーザに向き合い、首を大きく縦に振る。

 

「ええ、もちろん。それより、お相手の方はどちらにいらっしゃるのかしら?」


 まずは義姉として、挨拶しておこう。

 

「中で待っているわ。それが……お義姉様だから打ち明けるけど、聞いてくださる?」

「当たり前じゃない」

「ありがとう。実はさっき庭を散策した時に、彼から贈られた扇を失くしてしまったの。探そうとして一人で出て来たけど……ねえ、良ければ手伝ってくださらない?」


 大事な人からのプレゼントを失くしたなら、本人を連れてこられないのは当然だ。他に知り合いのいない義妹は、私を頼りにしている。

 義妹の期待に応えたいし、今会場に戻ったら、王女と寄り添う嬉しそうなロディの姿を目にするかもしれない。我ながら意気地がないとは思うけど、つらい現実に向き合うのは、もう少し後にしたかった。


「わかったわ。急いで探しに行きましょう」


 私達はテラスの階段を降り、庭の暗がりに向かう。こんな暗さで逢い引きしていたってことは、もしやテレーザとその方は……

 いや、深く考えるのはよそう。

 この世界で純潔は、そこまで重要視されていない。今まで疎遠だった私が、義妹の交友関係に口を出すのもどうかと思う。




 私は今、テラスから遠く離れた場所にいた。

 薔薇が植えられた花壇の前、ベンチの下が怪しいと言うので、その辺りに目を凝らして扇を探している。ドレスの汚れを気にするより、義妹の役に立ちたかった。暗くてよく見えないけれど、テレーザも近くを捜索しているはずだ。


 同じ姿勢は腰が痛い。

 そう思って、立ち上がろうとした瞬間――。


「くはっ」


 頭の横を大きな衝撃が襲い、私は地面に倒れ込む。手をついて振り向くと同時に、脇腹を蹴られた。痛みで声も出ない。


「……ふ。バカな女」


 ――どうして? なぜ、貴女が……


 薄れゆく意識の中で見たものは、複数の黒い影と月明かりに浮かぶ義妹の姿。テレーザの唇は、確かに笑みを形作っていた。

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