それでも側に6

 目の前に立つのは、今日の夜会の主役――第一王子の婚約者で、この家の令嬢だ。公爵家と男爵家では、身分に隔たりがある。そのため私は膝を折り、丁寧に頭を下げた。


「ヴィオレッタ様、ごきげんよう」


 しかし彼女は、イライラしたように続ける。


「挨拶はいいから聞かせてちょうだい。あなた、私のリカルド様を狙っているの?」


 顔を上げた私の目に、公爵令嬢の姿が映る。偉そうな口調だが、紫色の瞳には涙がにじんでいた。


「いいえ、とんでもございません。殿下は私が一人でいたため、お声をかけて下さったのでしょう」

「そんな嘘には騙されないわ! だってリカルド様は、気になる女性ができたって言ってらしたもの」


 それがラノベの展開だから。

 魔性のシルヴィエラは次々と男性を誘惑し、とりこにしていく。だけど私にそんな覚えはない。


「すみません。なんのことか、わかりかねます。私は第二王子のこ……パートナーなので」


 恋人、と言いかけて慌てて言葉を呑み込んだ。ただでさえ「なんのことかわからない」というのは真っ赤な嘘だから。さらに嘘を重ねては、良心が痛む。


「そう? その割にはローランド様、お忍びでいらした王女にいそいそと会いに行かれたわよ」

「……王女?」


 聞き慣れない単語に私は驚く。

『聖女はロマンスがお好き』に、王女は一切出てこなかったはずだ。


「そうよ。立派な馬車が停まったから、確認してみたの。エメリア様は隣国の王女なんですって」

「そんな!」


 あまりの衝撃に、目の前が真っ暗になる。

 ロディの「好きな人が現れるまで」との言葉に、私はその人が国外にいると推測した。留学中に会った女性か、留学生ではないのかと。まさか王女だったなんて!

『エメリア』という名前はリカルド王子が教えてくれた『アマリア』によく似ているから、単なる記憶違いだろう。ロディが大事にしているのは、その王女からのプレゼントだ。彼が「次で最後」と言ったのは、もうすぐ彼女に会えるとわかっていたから。


 ――これで全てがつながった。ロディが好きなのは、その王女だ! 


 覚悟していたとはいえ、胸がちぎれそう。私は胸元を握りしめ、痛みに耐えた。


「まあ、王女のことはどうでもいいの。それより、リカルド様とあなたは……え? ちょっと、やだ。やめてよ!」


 黒髪の公爵令嬢、ヴィオレッタが慌てている。

 それもそのはず。思い通りにならない私の涙腺るいせんが、またもや決壊した。シルヴィエラは涙を武器にしているのではなく、ちょっとしたことで涙が出る体質なのかもしれない。


 ――ロディがリカルド様の半分でも、私を好きなら良かったのに!


 今さらそんなことを思っても仕方がないし、公爵令嬢にも悪い。私は手の甲で涙を拭うと、なんとか言葉を絞り出す。


「見苦しい姿で、大変申し訳ありません。ですが私は、ローランド様だけをお慕いしております」


 本人に言えない分、彼女に告げた。誤解を解くためでもあるし、リカルド王子を一途に慕う公爵令嬢なら、私の想いもきっとわかってくれるだろう。

 公爵令嬢は眉根を寄せて考えた末、落ち着いた声を出す。


「そう。あなたはそんなにも、ローランド様のことが好きなの……。リカルド様とのことは、わたくしの勘違いだったようね」


 リカルド王子には、先日告白されただけ。彼が私のことを好きだとしても、それはラノベの筋書きのせいだ。私が彼に心を惹かれることは、これからも決してないと断言できる。


「彼ったら、何を考えているかわからないところがあるでしょう? 秘密主義で、多くを語らなくて」


 ヴィオレッタが私を相手に、いきなり話し始めた。彼女の言う通り、第一王子は原作でものほほんとして、つかみどころがない。そして、争いごとを嫌う性格だ。


「でも、そんなところも好きなの。婚約が決まった時、わたくしは嬉しかった」


 私は頷き、彼女に応えた。


「お二人、とてもお似合いです」

「ありがとう。だけどこの前、急に別れようと言われて……」


 う……

 もしやラノベ補正?

 私が王城にいたせいで、彼女にまで迷惑をかけているの? 

 

「怒っていたはずがこんな話をするなんて、わたくしったら変よね。だけどあなたなら、将来身内として仲良くできそうな気がしたの」


 心臓をえぐられたような気がした。

 ヴィオレッタがリカルド王子と一緒になって私がロディとくっつけば、年下だけど彼女は私の義兄嫁あによめとなる。私だって、叶うものなら願いたい。いえ、王族に興味はなく、ただロディの隣にいたい……彼が貴族でなくても構わなかったのに。だけど彼が好きなのは王女で、私ではない。


「もう一度、リカルド様とよく話してみるわ。今さら、彼を諦めたくないもの。それと、いきなり突っかかってごめんなさい」

「いいえ。私の方こそみっともない姿をお目にかけ、申し訳ありませんでした」


 会場に戻る公爵令嬢を、頭を下げて見送った。

  

 ――私が王城からいなくなれば、彼女とリカルド王子の仲は元に戻るかもしれない。ローランド王子の傍らには、彼の愛する人がいる。報われない想いを抱えた自分は、今後もロディの側にいられるだろうか?


 私、これからどこへ行こう?

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