それでも側に3
「かしこまりました」
わざわざ部屋付き女官を
ロディは私の腕を放さず、長椅子に引っ張っていく。私を座らせると、自分も隣に腰掛けて……いえ、この体勢は――
「疲れているなら、寝た方がいいのに」
ロディは私の腰に両腕を回し、肩に頭を乗せた。私はそんな彼を、やんわりたしなめる。こうして甘えるより休養を取るため、きちんと横になってほしい。
「疲れさせているのは、誰だと思う?」
「それは――」
私だ。恋人のフリがしんどいということね?
このところ、義兄のヴィーゴが私を連れ戻しに来る気配はない。だから公務で忙しいロディは、期限を待たずにこの嘘の関係を終了したいのだろう。急な宣告は悲しくて、涙が出そうになる。けれど彼に
「ごめんなさい。私……」
「執務室の窓から、外の様子が見えるんだ」
ロディが私を離さずに、口を開いた。紺色の髪が私の顔のすぐ下にあり、首に触れてくすぐったい。もしや私、抱き枕!?
こんな触れ合いも最後かもしれない……私は黙って彼の髪を撫でる。
「兄に口説かれている君を見て、気になって集中できなかった」
「なっ……」
なんでわかった?
中庭までは距離があるし、姿は見えても声は届かないはずだ。気になるって……もしかして、私のことが?
「シルフィ、どうしてリカルドと一緒に? 兄はダメだよ。婚約者がいる」
ああ、そっちか。
一瞬期待して浮き立った心が、急速に沈んでいく。ロディが気になったのは私ではなく、兄である第一王子の立場だ。婚約者のいる相手に手を出すなと、私に釘を刺したのだろう。
心配しなくても大丈夫。
私は駄作ラノベのヒロインじゃないから、リカルド王子に迫らない。だって私が好きなのは――
考えるだけで胸が痛くて、苦しくなる。慌てて息を吸い込むと、ドレスの襟から
すると突然、ロディが私の胸元に顔を寄せ、そこに口づけた。
私は頭が真っ白になり、そのまま固まる。
――な、なな、何が起こった!?
息を止めていたことに気づき、慌てて吐き出す。苦しくて、何度も大きく呼吸する。そのたびにコルセットで押し上げられた胸が上下に動き、ロディの唇に触れる。彼は顔を押し当てたまま、動く様子はない。
――ロディ、まさかの赤ちゃん返り!?
……って、そんなはずはない。好きな人がいながら、これはどうかと思う。それでも彼を嫌いになれない私は、相当重症だ。
「ロディ、あの……」
「もしかして僕は、シルフィに誘われているのかな?」
胸元に直接ロディの声が響く。
早鐘を打つ私の胸の鼓動が、彼にははっきり聞こえているはずだ。
「違っ……」
それとも違わない?
無意識のうちに、私は彼を誘惑していたの?
ラノベの展開通りなら、ロディは私に応じるだろう。このまま流れに任せれば、たとえ一度だけでも、私は彼に愛される。
けれど、ストーリーに強制された身体だけの関係を、愛とは呼べない。しかもその後も、私と彼は決して結ばれないのだ。
「……なっ」
ロディが
涙を武器にするシルヴィエラを、あんなに軽蔑していたのに。だけど私は今、流れる涙を止められない!
「ごめん――……冗談だ。お願いだ、シルフィ。泣かないで」
私はうつむき首を横に振る。かすれた声のロディと、目を合わさないようにしながら。だって、彼の顔を見たら勝手な想いを口走ってしまう。好きだと言って、これ以上彼を困らせるわけにはいかない。
ロディが腕を伸ばし、私を抱き締めた。離れようと彼の胸に手を置くと、回された腕がそれを
困ったような彼のため息が、頭の上で聞こえた。
「大好きだよ、シルヴィエラ。僕が嫌でも、まだ逃げないで。次で最後にするから」
嫌なはずがないでしょう?
でも最後だと言う彼は、私から離れたがっている。大好きだというのは、私を泣き止ませるための方便だろう。
それがとても――悲しかった。
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