それでも側に4

「シルフィ、今夜は僕に付き合って」


 いつものおねだりポーズでロディに可愛く頼まれたら、言うことを聞かないわけにはいかない。ただでさえ「次」と言われていたから、これが最後だ。

 私は明日から、女官見習いに戻るはず。だからせめて今夜は、思い出に残る時間にしたい――




 第一王子と婚約中の公爵令嬢の屋敷は、王都の中でも緑の多い広大な敷地に建っていた。

 その公爵家で開かれる夜会に、私はローランド王子のパートナーとして出席している。磨き上げられた木の床と彫刻の施された柱は繊細で、シャンデリアが目にまぶしい。部屋の隅にはぜいを尽くした食事が並び、豪華な衣装の紳士淑女が、話やダンスに興じている。


 私は銀色の髪を編み、後ろをゆるく結い上げていた。ラベンダー色の肩を出したデザインのドレスは、袖と裾の白いフリルが華やかだ。かかとの高い銀色の靴を合わせているが、それでもロディの方が背が高かった。

 ロディは髪の色と同じ紺の上着で、金の刺繍ししゅうが目にも鮮やか。シャツとトラウザーズは白く、クラバットは水色。黒いブーツを合わせているため、惚れ惚れするほどかっこいい。大広間にいる令嬢達も、彼を見てはうっとりとため息をついている。


 ロディ本人は周りを気にせず、腰に回した手を強め、私を自分に引き寄せた。私の耳元に唇を寄せると、楽しそうにささやく。


「シルヴィエラ、可愛い人。マティウス侯爵には紹介したかな?」


 隙間すきまなくくっつく私達を見て、たった今名前を呼ばれた青年侯爵の方が頬を赤らめている。ロディったら、いくらなんでもここまではやり過ぎよ! 

 けれど今は演技中なので、私はつとめて冷静な声を出すことにした。


「いいえ。初めまして、お目にかかれて光栄ですわ」

「俺も感激です。これほど美しい方だとは!」


 美しいというのは社交辞令なので、気にしないでいい。ロディと彼は、一緒に留学していたそうだ。私はやんわり笑みを浮かべ、侯爵に手を差し出した。 

 彼が私の手を取ろうとした瞬間、ロディがふいに向きを変える。


「行こうか。他にも紹介しなければいけないからね」


 ちょっと! 挨拶がまだ途中なんだけど。ロディったら、失礼な子に育てた覚えはないわよ!

 私が振り向くと、やれやれというように肩をすくめる侯爵の姿が見えた。マティウス侯爵は、それほど気にしてないみたい。強引なロディに慣れているのかな?


 でも、今夜のロディはなんだか変だ。私を自分の相手だと、親しい貴族に紹介して回っている。


 ――好きな人が現れた後、訂正するのが大変なのに。ロディったらどういうつもり?


 おかげで招待客の注意はケンカ中の第一王子と公爵令嬢かられ、私達に集まっていた。「第二王子の相手はどこの誰だろう?」と囁く声まで聞こえてくる。


 まあ、そりゃあね? 

 今まで修道院にいた私は、社交界デビューもしていない。男爵家は貴族の中でも身分が低く、本来なら彼の隣に立つことさえ許されない存在だ。けれどロディは全く気にせず、私を片時も離さない。そのくせ、自分が引き合わせた相手と私が握手をしようとすると、邪魔をするのだ。

 

 ――本物の恋人なら、嫉妬と考えるけど……まさか、そこまで細かい演技が要求されてるの!?


「シルフィ。挨拶は済んだから、そろそろ踊ろうか?」

「ええ。でも……」

「僕らはまだ、一度も踊ったことがなかったね」


 確かにロディの言う通り。

 だけどここで、さらに目立って良いのだろうか? これ以上彼の側にいたら、もっとつらくなる。

 私が迷っていると、ロディが金色の瞳でまっすぐ見つめた。


「小さなシルフィは、王子様とお姫様の出てくる絵本がお気に入りだったね。眠れない夜、僕の横で繰り返し読んでくれて。だから僕は、元気になったら君と踊ってみたかった。その前に城に戻され、結局夢は叶わなかったけど」

「ロディ……」

「いや。シルフィは、お姫様より黒スグリのジャムに夢中だったかな?」

「まあ!」


 ロディの言葉に私は噴き出す。

 彼も遠い日を、懐かしんでいたようだ。


 今日で最後なら――

 本物の恋人気分を味わってもいいのでは?

 あの頃のように……いえ、あの頃とは違って凜々しく成長した彼の側で、幸せな気分に浸ってみたい。


 微笑むロディが私に向かい、白い手袋に包まれた手を差し出した。


「シルヴィエラ嬢、踊っていただけますか?」

「ええ、喜んで」


 苦しい想いは胸に秘め、私はロディの手に自分の手を重ね、大広間の中央へと足を進めた。

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