それでも側に2

 しかし第一王子は、私が予想もしなかった言葉を口にする。


「シルヴィエラ。ローランドはやめて、私の恋人にならないか?」

「……はい?」


 待って、冷静になろう。

 最近私は、リカルド王子とは接点がなかった。なのに突然、そんな話が出るのは変だ。ケンカしたばかりだから、婚約者の公爵令嬢を嫉妬させたいのかな? だけど私は、たとえ嘘でもロディ以外は考えられない……って、あっちも嘘だった。


「申し訳ありません」

「今は上手くいっているようだが、思う人が現れれば君は捨てられる。弟を好きになっても、君が傷つくだけだ」


 そんなこと、私が一番良く知っている!

 ロディはどうやら、お兄さんには恋人のフリだと話してないみたい。リカルド様の真剣な表情は、きっとそのため。第一王子は婚約者がありながら、私のことも案じてくれている。

 別の人が好きなロディ。

 だからこそ私は、ギリギリまで彼の側にいたいのだ。


「構いません」

「私なら、君を悲しませない。手元に置いて大事にいつくしもう」


 リカルド王子の言葉を聞いた途端、私はびっくり仰天し、大きく息を呑む。

 これって……ラノベのセリフだ!


 この後第一王子は、婚約者よりもシルヴィエラを選ぶと言う。喜びに震える彼女は、満面の笑みでリカルド王子の腕の中に飛び込むのだ。


 ……って、ないから。

 駄作ラノベを読んでいる時も感じたけれど、第一王子は「君を悲しませない」と言いながら、自分の婚約者のことをすごく悲しませている。自分達が幸せなら周りはどうでもいいということ? それってひどいし、次期国王としてどうかと思う。そんなご都合主義な考え方は、好きになれなかった。


 そもそも私はリカルド王子に特別な感情はなく、誘惑したこともない。多くの手順をすっ飛ばしているのに、それでも筋書き通りのセリフって――

 これがまさかのラノベ補正!?


「シルヴィエラ、私は君が愛しい。婚約は解消して君を選……」

「いいえ。私はローランド様をお慕いしております」


 早口で一気に言い切った。

 やはり原作通りに進んでいるようだ。

 きっぱり断ったにも関わらず、リカルド王子はめげない。彼は肩をすくめ、私にこう告げた。


「そうか。だけど、弟はどうかな? 私は君に好意を抱いている。私といる方が、君は幸せになれるよ」


 自信満々な第一王子の目の前で、私は首を横に振る。

 ロディの心が私にないことくらい、自覚している。彼が私に優しいのは、幼い日々のせい。療養中に面倒をみた母と私に、恩義を感じているのだろう。甘い言葉を囁くのは、義兄から守るため。私のことを心配し、恋人のフリをしようと言ってくれた……期限付きで。


 ロディといても、先はない。

 それでも私は――

 胸が痛くて息ができない。

 口を大きく開けた私は、必死に空気を取り込んだ。


 リカルド王子は痛ましそうな目で私を見た後、あごに手を当て、考え込むような仕草をする。


「以前弟は、相手の名前を口にしていた。とうに忘れてしまったが……――いや、確かアマリアかアマレーナ。顔を赤くしながら、好きだと言っていた」


 アマリア? アマレーナ?

 どっちも聞いた覚えがない。

 王城でも噂になっていないから、ロディが留学中に出会った女性なの?


 ますます痛む胸を押さえながら、私は必死に考える。

 彼の好きな人は、国外にいるらしい。だからなかなか会えず、現れるのを待つということ? 留学生だとしたら、もうすぐこの国に帰ってくるのかもしれない。


「シルヴィエラ、もう一度よく考えてほしい。私と君が出会ったのは、きっと運命だ」


 いえ、運命というより原作通り。

 相手は第一王子なので、今すぐ断るより考えるフリだけでもした方がいいだろう。私さえ心を強く持てば、展開は変えられるはずだ。


 


 私は第一王子に一礼すると、自分の部屋に向かった。廊下を歩いていたら、後ろからいきなり腕を掴まれる。


「ふえっ!?」


 慌てて振り向くと、ロディが怒ったような顔で私を見ていた。彼は私の腕を引き、どんどん歩いて行く。近くの部屋の扉を開けて私を押し込め、人払いを命じた。


「しばらく二人にしてほしい。何者も立ち入らせないで」

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