微かな変化6

 城中を探したってこと?

 その割には、意外とすぐに来たよね?


 私の頭のてっぺんに、柔らかいものが触れる。それは徐々に場所を変え、耳元まで下りてきた。


「シルフィ……」


 悩ましげなロディの声に、私は思わず震えた。背中もゾクッとしたし、胸の音も大きくて外まで聞こえてしまいそう。

 腕をほどいて前に回ったロディが、金色の瞳で私を見つめる。


「シルフィ。顔が赤いけど……泣くほどきつい?」

「い、いえ。平気よ!」


 強い口調で言い返す。

 泣いていたのは、カリーナが親友だと言ってくれたから。けれど顔が赤くて胸が苦しいのは……

 それは貴方の唇が、私に優しく触れたせい。


 ――なんてこと! 私はロディを、一人の男性として見ている!!


 彼の視線に耐えかねて、私はうつむく。気づいたばかりの想いを、彼に悟られないように。


 すると突然、ロディが私の膝裏に手を入れて、軽々と抱え上げた――これはいわゆる、お姫様抱っこだ。


「……な、なな、何?」

「何って? 熱があるなら侍医を呼ぼう」

「いいえ、元気よ」

「震えているし、心配だ」


 ロディは気にせず、長い足を進めた。

 彼の向かう先には……寝室がある! 

 意識しただけで医者を呼ばれるなんて聞いたことがないし、寝室なんてもってのほかだ。私は彼の腕から逃れようと、慌ててもがく。

 けれど時すでに遅く、ロディは天蓋てんがい付きの大きなベッドの上に私を下ろした。


「平気だって言ったのに……」


 抗議して起き上がろうとしたら、ロディが私の顔を挟むようにベッドに両手をついた。そのまま端整な顔を寄せ、私の目をまっすぐ見つめる。

 紺色のまつげに縁取られた金色の瞳は熱くきらめき、形の良い唇がもの問いたげに開かれては閉じる。目を細める彼を見て、私の胸は鼓動を速め、一層苦しくなっていく。


 ロディとなら私は――


「くうっ」


 自分の考えに愕然がくぜんとし、思わずうめいた。

 その声に反応したのか、瞼を閉じたロディがため息をつき、首を大きく横に振る。彼は目を開くと私の顔の横から両手を外し、ベッドに座り直した。髪をかき上げるその姿は、大人の色気さえ漂うような。


「ごめん。君があまりにも美しいから、具合が悪いってことを忘れそうになったよ」


 いや、身体はどこも悪くないし、体力には自信がある。だけどロディには、好きな人がいるのだ。この気持ちを、彼に知られるわけにはいかない……それならいっそ、病気だということにしよう。


「寝てれば治ると思うの」

「そう? 心配だな。無理はしないで」

「わかったわ。ありがとう」


 私が笑いかけると、ロディはなんとも言えない表情をした。


「シルフィといると、恋人のフリがつらいよ。いっそ本物にしてしまおうか?」


 悲しそうな顔で、ロディが首を傾げた。いつもの甘えた仕草なのに、今はそれさえも私の胸をときめかせる。

 ラノベ通りになりたくないけど、ロディの側にはいたい。彼に恋などしなければ、これからもずっと一緒にいられるの?


「私は……」

「ごめん、約束が違うと怒られそうだね。だが、考えてみてほしい」

 

 彼はそう言い、私の唇の端にサッとキスを落とす。もう一度目を細めると、立ち上がって寝室を出て行った。

 

 思考が全く追いつかない。

 ――今のは何? 本物って……本物の恋人になろうってこと?




 横になっても眠れない。

 仮病なので、当たり前だ。

 落ち着くため、部屋を掃除しよう!


 カリーナが戻って来たのは、ちょうどそんな時。一生懸命鏡を磨く私を見て、彼女は驚いたような声を出した。


「あら? てっきり二人でイチャついていると思っていたのに」

「イチャつくって……」


 まさか見られてた?

 でも、ロディにキスをされてから、時間は経っている……ええっと。あれはキスでいいんだよね? 

 急に恥ずかしくなり、私は両手で頬を押さえた。その側で、カリーナがからかうように肩をすくめる。


「まあ、リカルド様も『弟にはずっと好きな人がいる』とおっしゃっていたしね。まさか、貴女のことだとは思わなかったわ」


 以前、確かにそんな話が出た。

 あれ? だったらリカルド殿下は、ロディの好きな相手を知っているんだよね? その割には、私に何も言わなかったような……

 顔をしかめていたところ、カリーナが口を開いた。


「そういえば、さっきの貴女達を見て、王子付きの侍従に聞いた話を思い出したの。ローランド様はあるものを大事に小箱に入れていて、時々取り出しては嬉しそうに眺めているんですって」

「あるもの?」

「ええ。女性からのプレゼントかもしれないって、侍従は言ってたわ。その時は私も『そんなの嘘』って笑い飛ばしていたけれど……それってシルヴィエラが贈ったのよね」

「……え?」


 ロディに贈りものをした覚えはない。小さな頃、別れ際に焼き菓子を渡したくらい。あれはとっくに干からびて、ボロボロのはず。まさか――

 

「茶色の包み紙?」

「いいえ。白だって言ってたような……。シルヴィエラ、何をあげたの?」

「白?」


 ますますわからない。

 けれど一つだけ、はっきりわかったことがある。さっきの言葉は冗談で、ロディが好きなのは別の女性だ。

 その女性からの贈りものを、ロディは今も大事にしている。

 一気に心が沈んだ。


 ――彼はいったい、誰を想っているの?

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