微かな変化1

 そんなわけで、半年限定の特別なお仕事を引き受けることになった。

 ローランド王子との話を終えてすぐ、私はカリーナに謝りに行く。ところが……というか当然ながら、彼女はプリプリ怒っていた。


 ま、まあね? 

 カリーナの気持ちになればよくわかる。


 ――面倒をみていた同室の新入りが、自分の好きな人を奪った(本当は違うけど)。しかも彼女の身分は、自分と同じ男爵家の令嬢だ。なのに、どういうわけか反対の声が上がらない(そりゃあまあ、フリだけだから)。

 憧れていたローランド王子も、その新入りをやたらと構う。


 なにその腹黒女?

 カリーナから見た私は、まんまラノベのヒロインだ。


 本来なら、彼女の怒りが収まるのを待って話しかけるべきだろう。だけど、恋人のフリを引き受けた私の担当が、カリーナだった。そんなこと、聞いてないんですけど~~!




 もっともらしく見せるため、私は初日に案内された豪華な部屋に移ることになった。現在私はその部屋で、カリーナに身支度を手伝ってもらっている。あの日から一週間以上が経つけれど、残念ながら話しかけても、まともに取り合ってもらえないのだ。

 なにこの苦行? 


「あのね、カリーナ。実は……」

「シルヴィエラ様、動かないで下さい。本日は王妃様とのお茶会でしょう?」

「それなんだけど。あの……」

「動くと御髪おぐしが乱れます。同席されるローランド様が、嫌がるかと」

「いえ、それは別にいいの。そんなことより、以前のように……」

「――そんなこと!?」


 ショックを受けたカリーナが、くしを持ったまま動きを止めた。私は鏡に映った彼女に向かい、慌てて首を横に振る。


「違っ、今のは……」

 

 失言に次ぐ失言で、仲直りできる気がしない。『恋人のフリを内緒にしてほしい』とのロディの意向で、余計にややこしくなっているのだ。案の定、カリーナはムッとした顔で私の髪を引っ張った。そのまま力いっぱいくしけずる。


「痛っ、いたたたた……」


 彼女の心の痛みを思えば、これくらい我慢しなくてはいけない。フリや演技という言葉を使わずに、なんとか今の状況を説明したいのに。けれど怒った彼女は、取り付く島もない。

 クールなシモネッタに相談しても、肩をすくめただけだった。


『女官憧れのローランド様を射止めたのだから、仕方がないわね』


 いや、実際には射止めてない。

 恋人のフリをしているだけだし……


 カリーナは、怒っていても仕事は正確だ。淡い紫色のドレスは自分でも似合うと思うし、銀髪は丁寧に結い上げられていた。薄化粧の割に青い瞳は強調され、唇もつやが増している。

 嫌いな相手に対しても、彼女は手を抜かなかった。だからこそ尊敬するし、早く仲直りがしたい。


「カリーナ。謝って済むことではないけれど、本当にごめんなさい。でも実は……」

「終わりました。無駄口を叩く暇があったら、さっさと向かって下さい。ローランド様が迎えに来て、お二人の親密な仲を見せつけられるのはごめんです」

「み、見せつけるって……」


 触ってくるのは、主にロディだ。

 彼の演技は過剰で、私は困惑している。


「ごめんなさい。だけどいつかは、話を聞いてほしいの」


 かたくななカリーナの表情に、私は開きかけた口をつぐむ。今は諦め、時間に遅れないように椅子から立ち上がる。


 この部屋は広くても、カリーナと二人の女官部屋の方が良かった。寝る前に一日の出来事を話し、笑い合う。カリーナが熱く語るロディの様子に、私が耳を傾け相槌あいづちを打つ。心安まる楽しい時は、もう過ごせない――


 カリーナを怒らせ、悲しませたのは私だ。やっぱりこんな役目、引き受けるんじゃなかった。


 知らないうちに涙がこぼれ、頬を伝う。これではまるで、ラノベのシルヴィエラだ。私はごまかそうと、顔に手を添える。こんなところで泣きたくないし、私はそんなに弱くない!

 

 すると突然、カリーナが話しかけてきた。


「ああもうっ、シルヴィエラったら。そんなんじゃ、私がいじめているみたいじゃない!」

「ご……ごめ……」


 久々のくだけた口調に驚き、言葉に詰まる。そんな私にカリーナが、一気にまくし立てた。

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