まさかのふりだし7

「いやいや、それは無理でしょ……ですわ」


 動揺のあまり言葉遣いが変になった。一方ロディはあごに手を当てて、何やら考え込んでいる。私と目が合うと、悲しそうに首をかしげた。出た、いつものおねだりポーズ!


 だけど、ここでほだされてはいけない。ロディは我が国の第二王子。いくらフリとはいえ、別の女性とくっつくはずの彼を、私との噂で汚してはいけないのだ。

 私は姿勢を正し、彼に向かって頭を下げる。


「ローランド殿下。いろいろと助けていただき、ありがとうございます。殿下のおかげで、私は安心して暮らせる場所と美味しい食事、楽しい仕事と優しい仲間を得ました。これ以上は望みません」

「ずいぶん他人行儀だね?」

「今まで馴れ馴れしく振る舞い、申し訳ありませんでした。そのせいで殿下は、私を守らなければいけないと勘違いなさっているのでしょう。私のことで、王家にご迷惑はかけられません。優しいお気持ちだけで十分です」


 大好きだから……彼の足かせになってはいけない。いつまでも王子に頼ってはいけないのだ。

 頭を上げた私の目に、ロディのつらそうな表情が飛び込む。すぐ真顔に戻ったので、今のは私の見間違いかもしれない。その証拠に彼は微笑み、穏やかな声を発した。


「僕が望んでいる、と言ったら?」

「……え?」


 恋人同士のフリを?

 いったいどうして?

 ロディは目を細めると、紺色の髪をかき上げた。


「恋人のフリは僕のためでもあるんだ。ずっと好きで、忘れられない人がいる。彼女が現れるまで……それまででいいから」


 心臓が大きくねた。

 リカルド王子も「弟には好きな人がいる」と言っていたっけ。けれど実際に本人の口から聞くと、妙な気分だ。胸がざわつくというか、モヤモヤするというか……

 息子に彼女がいると知った時の、母親の気持ちってやつかな?


 これは、喜ぶべきことだ。

 ロディにそこまで想う人がいるのなら、彼の側にいても平気だし、私が彼を襲うかもしれないと心配しなくていい。よほどの場合、本人が私を拒絶してくれる。

 だけど好きな人がいるのに、なぜ恋人のフリを?


 ロディの表情は真剣だった。

 彼の端整な顔を見て、私は理解する――そうか! 虫よけならぬ令嬢よけだね? 好きな人と再会するまで、浮気をしないという彼の意思表示。相手が私なら自分に恋する心配もないと、そう考えたのだろう。


 うなずきかけた私は、ふとあることに気づく。

 ロディの好きな人が、なかなか現れなかったら? その場合、ある程度の給金が貯まっても私はどこにも行けない。もうすぐ19歳となる私だって、一応結婚には憧れている。それにロディだって、いつまでも独り身というわけにもいかない。やっぱり断ろう。


「せっかくのお言葉ですが、私には……」

「半年では? それくらいなら付き合ってくれる?」


 付き合うって……

 ああ、恋人の演技のことか。

 半年って思ったよりも短い。でも、その間稼げないのはちょっとなぁ。


 顔をしかめる私を見て、ロディは察したらしい。


「もちろん給金はまともに払うし、特別手当も出そう。僕の相手として、いろんな場所に連れて行くからね。嫌な思いはさせないし、必ず守るから」


 カリーナが聞いたら、卒倒しそうなセリフだ。けれど彼女は、フリではなく本気になってしまいそう。それなら私の方が適任かもしれない。ロディにはコネ採用の恩もあるし、今後もここで過ごす私が、王子の提案を断るのはいかがなものか?

 待てよ、一番重要な問題が残っている。


「私は男爵家の人間です。私が良くても、国王陛下と王妃様、大臣の皆様がお許しにならないかと」

「良くても? じゃあ、いいんだね! 他のことは心配しなくていい。了承してくれて嬉しいよ」

「いえ、あの、えっと……」

「早速、部屋を移動してくれ。それから、このことは内密に。バレると後が面倒だ」

「いや、まだ……」


 ……返事をしたわけではない。

 そう言おうとしたのに、満面の笑みを浮かべたロディが私を抱きしめる。彼の鼓動が早いと感じたのは、私の気のせい?

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