まさかのふりだし6

 ――「好きだよ」のすぐ後で、「兄のところにはいかないでほしい」?


 ……あ、わかっちゃった。

「好きだ」というのは建前で、本音は「嫌いになりたくない」。ロディは婚約者のいる兄に手を出すなと、私に警告したようだ。だったら私も、正直な気持ちを伝えなきゃ。


「私も貴方が好きよ。大丈夫、略奪なんて考えてもいないから」

「略奪? いや、その前に好きって――」


 目を見開いたロディが、私の両肩を掴んだ。私は金色の瞳を見ながら、にっこり微笑む。


「大好きよ。自国の王子を相手に、図々しいとは思うけど」


 姉として幼なじみとして、ロディのことが大好きだ。王城にいるうちは、彼を気遣い見守りたい。


「……大好き? 一応聞くけど、その好きは幼なじみとして? それとも男として?」

「もちろん、幼なじみとしてよ」


 私は胸を張って堂々と答えた。

 不純な気持ちはないし、妃の座を狙っているわけでもない。さっきのは私を助けるための演技だと、ちゃんとわかっている。迫ったりしないから、安心してほしい。

 けれど、続くロディの言葉を聞き、私は仰天する。


「このまま奪えば、君は僕のものになるのかな?」


 ど、どど、どーしたロディ?

 働き過ぎで頭がおかしくなっちゃった?

 あまりの爆弾発言に、私の思考は追いつかない。それどころか、突然起こった身体の震えを止めようと、胸の前で手首を握る。

 ――これは、ラノベのセリフと全く一緒だ!

 

 ロディが私に手を伸ばす。

 私はその手を避けようと、とっさにしゃがみこむ。彼が同じセリフを言ったからといって、意識するのはおかしい。私が心を強く持ち、応じなければいいのだ。

 ラノベのシルヴィエラはこの後、喉の奥でセクシーに笑う。第二王子にしなだれかかって首に両腕を回し、そして――


 それともこれは、ラノベ補正? 

 やっぱりストーリーに戻る運命?

 いきなり男女の関係は、私には無理だ。相手がロディっていうのも……

 

「冗談だよ、シルフィ。怖がらせてごめんね」


 おだやかな声に、私は顔を上げた。

 私から一歩下がり、腕を組むロディ。

 良かった、いつもの彼だ。たまたま言った冗談が、ラノベと偶然かぶったのだろう。

 からかわれただけだと知り、私はホッと息を吐く。立ち上がって服のすそを整え、視線を合わせた。ロディは困ったように笑うと、私に手を伸ばす。


「赤くなっている……っと、ごめん。僕に触られるのは嫌なんだっけ」


 届く前に、彼は腕を脇に下ろした。

 私の手首は義兄に強く掴まれたため、赤い跡がついている。彼が言ったのはそのことで、何日か後には赤黒く変色するのだろう。

 手首よりも気になるのは、ロディの表情だ。彼は端整な顔を苦しそうに歪め、こちらを見ている。ただの冗談に大げさに反応した私が悪く、たぶん彼を傷つけた。だいたい姉弟みたいに育ったロディが、私を女性として見るはずがない!


「違うの。けたのは、びっくりしただけだから。ごめんなさい」

「そう……良かった」


 ロディに身体を奪われるかと一瞬でも考えるなんて、私ったら自意識過剰……

 いやいや、ないから。

 別にまったく全然。

 そんなこと思っちゃダメだってば。

 大好きなロディの未来を潰してどうするの!


 暑くなった顔を冷まそうと、私は両手を頬に当てる。ロディはそのことには何も触れず、落ち着いた声を出す。


「ところで、君の義兄と義妹だけど……」


 まさか、ここでクビ!?

 今までのは前振りで、本題はここから?


「あれで諦めるとは思えない。君を男爵家に取り戻そうと、必死に迫ってくるだろう。あるいは……いや、そこまでひどいことはしないはずだが……」


 非常に気になる言葉だ。

 ひどいことって何?

 頬の熱が一気に冷めた私に向かい、ロディが綺麗な顔で笑った。


「ねえ、シルフィ。君の安全のためにも、このまま僕と恋人のフリを続けてみてはどうだろう?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る