微かな変化2

「その分だと、私が何に怒っているかもわかってないんでしょ? いいわ、後から話を聞いてあげる。いくら美人でも、泣けば化粧は崩れるんだからね。完璧に仕上げたんだから、とっとと行きなさい!」

「は、はいっ」


 私は追い立てられるように部屋を出て、王妃のサロンに向かう。大声を出すカリーナは、そんなに怒ってなかったような……? きちんと事情を話せば、わかってくれるかもしれない。

 

 廊下を進むと、向こうから歩いてくるロディが見えた。均整の取れた体躯たいくに整った顔立ち、金糸の入った黒い上着は大人っぽくてすごく素敵……って、違うから。見惚れたんじゃなくって、挨拶するタイミングを待っていただけ!


「シルフィは、今日もすごく綺麗だね。君に会うのが待ちきれず、迎えに来たよ」

「そ、それはどうも。わわ、私も会いたかったわ」


 すんなり言葉が出るロディに比べ、私は棒読みな上にカミカミだ。護衛の兵に聞かせるためかもしれないけれど、彼の笑みは演技とは思えないほど素晴らしい。


「ああ、待って……」 


 ロディが私の頬に手を触れ、顔をのぞき込む。イケメンのどアップは、心臓に悪い。


「ぴゃっ」


 目の端をいきなりめられた。

 こんなところで、どーしたロディよ?


「可愛いシルフィ、泣いていたの?」

「いえ、べべ、別に……」

「何もなければいいんだ。困ったことがあれば、すぐに相談して?」

「……ありがとう」


 涙の跡があったなら、口で言えば済むことなのに。本物の恋人以上に振る舞う彼に、私はとことん押され気味。こんなんだから、カリーナに勘違いをされてしまうのだ。護衛に目をらされているのも、非常に恥ずかしい。


「さて、母が君と話すのを楽しみにしている。行こうか」

「ええ」


 ロディは涼しい顔で、腕を組むよう私にうながす。素直に従い手を添えるものの、なんだかドキドキする。慣れないからで、もちろん深い意味はない。王子と恋人のフリって、思った以上に大変だ。




 私達は、王妃の待つ部屋に通された。

 彼女は金色の髪に薄青の瞳、目尻が少し垂れておっとりした感じで、第一王子のリカルド様にそっくりだ。大きな子供が二人もいるとはとても思えず、若々しい。王妃は紅茶のカップを置くと、嬉しそうに口にした。


「こちらへどうぞ。本当に貴女はマリサに似ているわね。いえ、彼女以上に綺麗だわ」

「……恐縮です」


 褒められた時、なんて言うのが正解だろう? 元がラノベのヒロインなので、私の容姿は整っている。だから「いいえ」と否定するのは変だ。かといって「ありがとうございます」では調子に乗っているみたいで、なんか違う。


「シルフィは昔から可愛かったからね。美しくなるってわかっていたよ」


 ロディよ、追い打ちをかけるのはやめてくれ。それを言うなら以前の彼の方が、可愛らしくて天使だった。今はこんなに美青年でたくましく……って、目が合った途端に微笑むなんて、恋人の演技が上手すぎる! 

 見られて強張こわばる私とは大違いだし、彼は膝に置いた私の手まで握ってくるのだ。


 この上私にどうしろと?

 そもそも王妃様って、事情をご存じなんだよね?


「あらあら、ローランドは彼女に夢中ね。でも、リカルドがよく承知したこと」

「……え?」


 思わず驚きの声が出た。

 王妃様、演技だって聞いてないの? 

 それにどうして、第一王子の名前が? 


 私の頭の中は、疑問符だらけ。

 ロディは口を引き結び、途端に不機嫌になる。そんな私達を見た王妃が、クスクス笑う。


「いいえ、変な意味はないの。ただあの子は、銀色の髪の世話係が大好きだったから」

「……世話係、ですか?」

「あら、聞いてなかったの? マリサは……あなたのお母様はリカルドの世話係として、私を助けてくれたのよ」

「ええっ」


 母は生前王城のことを嬉しそうに語っていたが、リカルド王子の担当だったなんて聞いた覚えがない。

 

「そう、知らなかったの。それなら教えてあげるわね」


 王妃は柔らかく微笑むと、当時の母の様子を私に話してくれた。

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