まさかのふりだし3

「リカルド様。シルヴィエラより、わたくしテレーザの方がきっとお役に立てますわ」


 義妹は自分を売り込むことも忘れない。

 その根拠と自信は、どこから来るのだろう? ……って、そっちを気にしている場合じゃなかった。義兄に手首を掴まれ、反対側からもカリーナが握ってくれているので、私は今、身体が痛い。


 リカルド王子は考え中。

 指示がないため護衛も動けず、なりゆきを見守っている。


 そこで私は思い出す。

 ラノベの第一王子は、物静かで敵を作りたくないタイプ。優しいけれど優柔不断。だからシルヴィエラにいいくるめられ、あっさり彼女を受け入れた。そのまま泣き落としに負け、婚約者を棄てるのだ。


 だけど今の私は色仕掛けで迫っていないし、そんな気もない。リカルド王子が私を守る理由はなく、め事になるくらいなら家族に引き渡す気だろう。


 私は腕に力を込め、義兄の手から逃れようとする。彼は手汗がすごいので、すべって手首が抜けないかと期待したのだ。けれど容赦ようしゃなく引っ張られたため、カリーナの手の方が外れてしまった。

 腰を落として踏ん張るも、そのまま扉近くまでずるずる引きずられていく。痛いほどに握られて、手首の骨が折れそうだ。

 

「ほら、ぐずぐずするな。行くぞ!」


 私は振り向き、助けを求めた。


「リカルド様、お願いです。どうかここに置いて下さい!」

「あばずれが。言わせておけば、このっ」


 義兄が怒り、空いている方の手を振り上げた。

 叩かれる――!




 そう思い身をすくめた瞬間、誰かが部屋に飛び込んできた。その人はなんのためらいもなく、兄を突き飛ばす。


「ぐえっ」

「きゃっ」


 反動で、私は床に尻餅しりもちをつく。彼は私を助け起こすと自分の背にかばい、義兄に向かって低い声を発した。


「王城内で暴力を振るうなどあり得ない。斬り捨てられても文句は言えないが?」

「ローランド様!」

「ロ……」


 カリーナは嬉しそうな声を上げるが、私は声にならない。

 紺色の髪をした彼の昔よりずっと広くなった背中が、義兄のヴィーゴから私を守ってくれている!

 

「ぼ、暴力? 誤解です。殿下、これは……」


 義兄がもっともなことを言いつくろおうと、ゴニョゴニョしゃべる。常識を知らない義兄でも、王子への礼儀をやっと思い出したらしい。


「言い訳は無用だ。何をしている? 早くつまみ出せ」

「「はっ」」


 ロディの言葉に護衛がいっせいに動き出し、両側から義兄の腕を掴む。王子に関わることではないので、命令がなければ動けなかったのだろう。


「何をするっ、俺が誰だかわかっているのか!」


 二人の王子の眼前で、そのセリフを言えること自体ビックリだ。巨体で暴れる義兄を押さえつけるのに、護衛も難航しているみたい。四人がかりで手足を掴む。


「頼むシルヴィエラ、戻ってくれ。お前が帰らないと俺達が困る!」


 三年前は私を修道院に追い払ったくせに、今さらどういうつもり? 以前のシルヴィエラなら、言うことを素直に聞いたのかもしれない。でも、前世を思い出した私は違う。


 運ばれながら、ヴィーゴがなおも叫ぶ。


「お前は俺のものだ! 出会った時から運命を感じていたはずだっ」


 いいえ、全く。

 じっと見られていたのは感じたけれど、いつもカーテンや柱の陰に隠れていたよね。

 運命? ……もしかして、義兄にもラノベの記憶が!?


「まさか――」


 私の全身から一気に血の気が引く。

 思わずよろめくと、側にいたローランド王子が支えてくれた。彼は何を思ったのか、そのまま後ろから私を抱きしめる。


「……な、なななっ」

「しっ、黙って。シルフィ、僕に話を合わせて」


 耳元でささやく良い声が、脳天を直撃する。

 いや、うろたえている場合じゃないから。

 ロディはいったい何を――?

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