まさかのふりだし4

 ローランド王子が私の腰に手を添え、自分の胸に引き寄せた。よろよろと従う私は、まるで介護されている気分だ。けれど次の瞬間、その場に棒立ちになる。

 なんと彼は私の髪を一房取って、見せつけるようにキスをした!


「ひどい人だね、シルヴィエラ。お義兄にいさんには何も?」

「はい? 何も、と……ぶっ」


 ――何も、とは?

 言い終える前に、口に人差し指を当てられた。綺麗な顔が間近に迫り、色っぽい笑みを向けられる。

 ロディよ、突然どうした?


「わかるよ。恥ずかしかったんだね? だけどはっきり言わないと、つけ上がらせるだけだ」


 ロディの声音が後半冷たい。

 彼は扉近くの義兄に聞こえるよう、語気をさらに強めた。


「彼女と僕は、結婚を考えている。そのためここに招待した。今さら、余計な邪魔をしないでもらいたい」

「うっ」

「ええっ!?」


 義兄のうなり声に、私の言葉が重なる。他にも息を呑む者や、驚きの声を発する者がいたようだ。

 今のは幻聴? 誰が誰の婚約者だって?

 私はロディを見上げ、すぐに問いかける。


「あの、今のって……」

「ああ、ごめん。内緒にしておくという約束を、破ってしまったね?」


 何、それ。

 そんな約束、身に覚えがない。

 私は思いきり首を横に振り、再び口を開く。


「ローランド殿……」

「ロディだと言ったはずだよ?」

「いえ、呼び名はど……うっ」


 どうでもいい、そう答えかけた私のあごをロディが持ち上げる。彼は自分の親指を私の唇に当てると、優しく撫でた。


「わかってくれないなら、可愛い唇をキスでふさごうかな?」


 ………………は?

 わけがわからない。

 戻った途端にこれって、具合でも悪いのだろうか?


 私は急に不安になり、ロディのおでこに手を伸ばす。すると彼はその手を握り、手のひらに口づけた。伏せたまぶたが美しく、完璧に整った顔は彫刻みたい。

 いや、見惚れるのもほどほどに。

 私は小さな声で話しかける。


『もしかして、調子が悪いの?』

『いや、絶好調だけど?』

『それなら婚約者って、意味が……わぶっ』


 ロディが私の後頭部を掴み、胸にそのまま押しつけた。鼻が彼の硬い胸板にぶつかり、結構痛い。扱いが雑だし、さっきからまともに喋らせてくれないような。

 ムッとしている私の耳元で、ロディが囁く。


『シルフィ、話を合わせてって言っただろう? それとも家に帰りたいの?』


 ……あ、そうか。

 彼の奇行の意味がわかった。私が義兄に捕まらないように、演技をしてくれたのか。それなら私も――


 嘘をつくのは嫌だし、甘い言葉も無理。だったら態度で……私は黙ったままロディの背中に両腕を回す。こうしていると子供の頃に戻ったようで、なんだか懐かしい。

 ロディものってきたらしく、私をしっかり抱きしめた。そして、頭頂部にキスを落とす……って、それはさすがに演技過剰だよ?


「そういうわけだ。彼女を連れ帰るのは、諦めてくれ」

「くそっ」


 王子に向かって「くそ」とは何ごと?

 引きずり出された義兄に、そうツッコミを入れたい。でも、せっかくロディが追い払ってくれたのに、追いかけるのは自分で自分の首をめるようなもの。義兄が転生者であろうとなかろうと、私が近づかなければいい。


 ようやく演技終了。

 ロディの腕から解放されれば、これまで通り……って、なぜか抱擁が解かれない。なんで?


「ところで君は?」


 ロディの視線の先には、リカルド王子にべったり貼りつく義妹がいる。

 いけない、すっかり忘れてた! 

 そうか、彼女が帰るまでは演技続行だ。


 義妹のテレーザが、リカルド王子の肩に回した手を外す。義妹は自分を印象づけるため、ゆっくり歩いて近づいた。ロディだけに笑いかけ、優雅に礼をする。


「義姉が大変お世話になっております、ローランド様。噂通り素敵な方ですね」


 柔らかい金色の髪に、輝く桃色の瞳。頬を染めた義妹は確かに可愛く、ロディが見つめるのもよくわかる。

 だからリカルド王子も、義妹の接近を許したのだろう。


 しかし私は、こちらをにらみつける存在に気づく。だよね~、カリーナはローランド王子のことが好きだから……って、しまったあぁぁ!!

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