まさかのふりだし2

 私は自分を落ち着かせようと、紅茶のカップに手を伸ばす。その時ノックの音がした。

 許可を得て入室してきた侍従じじゅうが、リカルド王子に耳打ちする。その目がなぜか、私を見ているような。


「……と、いうことです。殿下、シルヴィエラ様に面会を求める者の扱いは、いかがいたしましょうか?」

「へ? 私に? ……あ。失礼いたしました」


 いくら自分のこととはいえ、王子への問いに勝手に答えるなどマナー違反だ。しかも第一王子付きの侍従は、女官見習いの私より偉い。けれど王子は、問題ないというように片手を上げる。


「いや、構わない。そうだな。シルヴィエラを訪ねて来たのなら、ここに通した方が早そうだね。いい?」


 私は首をかしげた。

 わざわざ王城に来るって、誰だろう?

 そこでふと、思い至る。もしや修道院の院長が、私を探しているのでは!?

 

「はい。お邪魔でなければ、ぜひ」


 了承の意を込めてうなずいた。

 考えてみれば、何も言わずに逃げ出したままだ。弁明……というか、謝罪をしなくては。 

 神に仕える院長は良識ある方なので、いきなり怒鳴ったりはしないはず。脱走の本当の理由は言えないけれど、心を込めて謝れば、許してくれるかもしれない。


 王子が許可を与えるが、部屋に飛び込んで来たのは――




 その人物を見た途端、私は呆然とした。


「シルヴィエラ! いつまで俺を待たせるんだっ」

「そうよ、お義姉様……あらまあ、リカルド様」

「なっ、ななな」


 何で? 

 動揺した私は、思わず椅子から立ち上がる。二人は…………義理の兄と妹だ! 

 三年前、普通の体型だった義兄のヴィーゴはでっぷり太り、義妹のテレーザは背が伸びている……この姿は!


「どうした? 落ち着いて話を……」


 リカルド王子の言葉をものともせず、義兄は私に近づき、いきなり腕を掴む。


「俺を無視するなんて、何様のつもりだっ。迎えに行くと言ったのに、こんな所に隠れているとはな」


 茶色の髪を揺らし、つばを飛ばしながらしゃべる義兄。息も荒く大量の汗をかいているのは、きっと体型のせいだ。丸い顔にはあばたが浮かび、琥珀色こはくいろの瞳は怒りのためか、らんらんと光っている。紫の上着に黄色いベスト、赤いトラウザーズは全てがはちきれそう。緑の靴は沼色で、どれも恐ろしくセンスが悪い。でもこれは、ラノベの描写と全く一緒だ!

 

「あらあら、心配しなくて結構よ。みなさま、お勤めご苦労様」


 一方、フリルの多いピンクのドレスを着た義妹のテレーザが、王子の護衛に愛想良く笑いかけている。彼女は輝く金色の髪に桃色の瞳で、見た目は非常に愛らしい。そのため護衛も、義兄を引きがそうとした手を下ろす。義妹も、挿絵そっくりの姿だった。


 テレーザは私より、リカルド王子が気になるみたい。王子にじりじり近寄ると、彼に向かってよろめいた。王子がとっさに手を出し支えると、大げに感謝の言葉を述べる。まばたきの回数が多く、わざとらしい。

  

 二人はどうしてここへ? 

 私は無事にストーリーから逃れたはずじゃあ……


 恐ろしい予感に身を震わせる。まさかこのまま家に連れ戻されて、ふりだしに戻るのでは!?

 義兄に迫られ、愛人のような扱いで自宅に監禁されるのは嫌だ。幼なじみのレパードが現れるまで、私は逃げられない――


 すがるように目を向けるが、カリーナは口をあんぐり上げているし、リカルド王子は義妹の相手で忙しい。私の手首を掴んだ義兄が、当然のように歩き出す。


「ほら、帰るぞ! いつまでも迷惑をかけるんじゃない」

「嫌よ。私はここにいるわ!」


 私は必死に抵抗した。だけど義兄の方が力は強く、引きずられてしまう。我に返ったカリーナが、私の反対側の手を掴み、注意してくれた。


「待って。嫌がっているし、いきなり現れて連れ帰るだなんて、非常識だわ」

「何だと! ただのメイドが、家族の問題に口を出すのか」

「お義兄様!」


 私だってただのメイドだし、王城の女官はみな家柄が良い。しかも第一王子の前なので、義兄の方が失礼だ。

 義妹は笑いながら、あごに両手を添える。そして、可愛らしく見える角度で首を傾げた。


「でも、こちらにも事情があるんだもの。仕方がないでしょう? 大丈夫よ。お義姉様の代わりなら、わたくしが」


 そう言って、カリーナではなくリカルド王子に微笑みかけている。でも、義妹は働いたことなどないはずだ。それなのに王子は、考える素振りを見せて――ま、まさか!?

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