まさかのふりだし1

 第一王子の部屋でなごやかにお茶会。

 主に語るのはカリーナで、話題はもちろんローランド王子のこと。私とリカルド王子は、適当に相槌あいづちを打っている。

 紺色の髪をかき上げる仕草がカッコイイとか、騎乗姿も素敵だとか、外に出る機会が多いのでなかなか会えずに残念だ、とか。


 ここにいない人の話は失礼では? と私は焦るが、リカルド王子は弟の話をにこにこしながら聞いていた。ひと通り語り終え、満足したカリーナが紅茶を飲む。すると今度は、リカルド王子が口を開いた。


「君は? シルヴィエラ、君に好きな人はいないのかな?」

「ええ。おりません」


 もちろん即答。仕事をしっかり覚えてお金が貯まるまで、私は真面目に働くと決めたのだ。恋愛にうつつを抜かしている場合ではない。


「そうか。それはそれは……」


 リカルド王子は変な顔だ。

 眉根を寄せて、開きかけた口を再び閉じる。何か言いたいことでもあるのかな? 

 けれど王子は、全く別の話をする。


「シルヴィエラ、君が作ってくれたこの菓子。食したことのない味だが、悪くない」

「お褒めにあずかり光栄です」


 私はすぐに頭を下げた。良かった、これで第一王子の呼び出しが減る!

 ところが話は、思わぬ方へ。


「私のために、手間をかけて作ってくれたんだね? 美味なのは、愛情がこもっているせいだろう」

「あら、シルヴィエラったらいつの間に? それなら私、遠慮したのに」


 ……ん?

 カリーナまでおかしなことを言いだした。たった今、好きな人はいないといったばかりなのに、どうしてそんな誤解を?


「貴族でありながら厨房ちゅうぼうに入ってまで、私の好みを気にしてくれたとは。初めてのことだが嬉しいよ。君の気持ちは、しかと受け取った」


 しまったあぁぁぁ~~!!

 料理人がいるため、貴族は普通料理をしない。私は亡き母の趣味が料理だし、修道院でも当たり前のようにお菓子を作っていたので、おかしいとは感じなかったのだ。


「いえ、あの。そうではなく……」


 第一王子、絶賛勘違い中。

 私が婚約者のいる人を、好きになろうはずがない。だけど困ったことに、全然興味がないと言えば、王子の顔をつぶしてしまう。

 どうすれば、この場を上手く切り抜けられるかな?


「ふふ、照れているのね? シルヴィエラがリカルド様で私がローランド様。お仕えする方に憧れるって、よくある話だわ」


 返答するより早く、カリーナが私をからかう。

 いや、だから違うって。第一王子に憧れているわけではなく、単にこれで来る必要がなくなったと安心して……


「ありがとう。でも、私には婚約者がいるし、弟にも好きな人がいる。側室を望むなら話は別だが、それも会議で承認されなければならない」


 リカルド王子、安定の地獄耳。

 だけど側室――愛人なんて私はごめんだ。

 ……って、ロディに好きな人!?

 そっちの方が気にかかった私は、他のことが頭から吹っ飛ぶ。ロディったらそんなこと、ひとっ言も言ってなかったのに!


「そんな! ローランド様にお好きな方がいらっしゃるなんて……初耳です!!」


 私だけでなく、カリーナもショックを受けている。情報通の彼女でさえ知らなかったらしい。

 驚きに固まる私は、次の瞬間、ふと冷静になる。


 ――そうか。王族が使用人に、プライベートをいちいち伝えるわけがない。


 いくら仲が良かったとはいえ、それは昔のこと。王子がただの女官見習いに、自分の好きな人を打ち明けるはずがなかった。私に甘える彼を見て、自分がロディの……ローランド王子の一番近くにいると自惚うぬぼれるなんて。そもそも身体を使って籠絡ろうらくしなければ、王子はシルヴィエラと結ばれることはな……って、私ったら今、何を!?

 

 まさか自分から、泥沼に足を踏み入れようと? それだけは勘弁だ。


 この世界がラノベ通りになるかもしれないと、警戒していた私。でも、最初の義兄との絡みを飛ばしたせいで、ストーリーがれたようだ。それなら自分がヒロインになる心配も、しなくていい。


 喜ばしいのに、なんだかモヤッとしてしまう。せっかく兄の第一王子が私達に、「憧れだけで止めておけ」と釘を刺してくれたのに……べ、別に、ロディに憧れてるわけじゃないけれど。

 

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