ラノベ化しません4

 連れてこられたのは、国王の私室だった。

 大理石の床には赤い絨毯じゅうたんが敷いてあり、窓にかかるカーテンも赤。家具や調度品も豪華で、きらめくシャンデリアには圧倒されてしまう。正面の一段高い場所に玉座が置かれ、黒髪で精悍せいかんな顔立ちの国王と、その隣に金髪でたおやかな王妃が腰掛けている。お二人は驚きながら私を見ていた。


 私の方こそびっくりだ。

 まさか、この恰好かっこうでお二人の前に出るなんて!


 なるほど、だからドレスが用意されていたのか。てっきり王子が友人扱いする気かと恐れて、私は女官の服を求めた。バレスの城は大きく使用人の数は多いから、国のトップが使用人を採用するたびに会うなんて、考えもしなかったのだ。国王夫妻の御前に出ることがわかっていたら、もちろんまともに装った。どうして誰も教えてくれなかったの?


 私は慌てて頭を下げ、膝を折る。

 まんだスカートがあまり広がらないため、優雅な態度とはいえない。


「お前が言っていたのは、その者か?」

「はい、彼女がシルヴィエラ・コルテーゼ嬢です」

「可愛らしいわね」


 国王に続いて王子が応え、さらに王妃が発言した。私は固まったまま、顔を上げられない。

 けれど王妃は、私に優しく話しかけてきた。


「堅苦しい挨拶は必要ないから、顔を上げてちょうだい。そう、あなたがマリサの……」

「お目にかかれて、大変光栄です」


 私はなんとか声を絞り出し、もう一度礼をする。

 マリサとは、私の亡くなった母の名だ。

 王妃は、母のことを覚えていて下さった!


「こちらこそ。やはり面影があるわ」

「あ、ありがとうございます」


 私と母は銀色の髪と目元がよく似ている。

 生前、母は王城勤めのことを懐かしそうに語っていた。私が王妃様から直接お声をかけてもらえたと知れば、一緒になって喜んでくれただろう。

 そうか、ロディが……ローランド王子がうちに預けられていたのって、王妃様が母をよく知っていたから?


「今までずっと、お礼も言えずにごめんなさい。マリサのおかげで、この子は元気になったのに」


 この子とは、ローランド王子のことだよね? 

 身体が弱かったロディは、田舎の我が家で元気になった経緯がある。


「とんでもございません。亡くなった両親も、心から喜んでおりました」


 それは本当だ。

 だけど母は、ロディが王都に帰った後、私をなぐさめるのに忙しかった。落ち込む私にお菓子作りを教えてくれたのは、その頃だ。

 父も母も、ロディがローランド王子だとは、最後まで教えてくれなかった。今ならそれは、守秘義務のせいだとわかる。それとも、身分違いで二度と会えないと知っていたから、私に下手な希望を持たせないようにしたのだろうか?


 今となっては、真意はわからない。

 結局私はロディと再会し、王城にまで来てしまった。母の思いを無駄にしないためにも、分をわきまえてこの方々にきっちりお仕えしよう。


「そう、優しいところもマリサに似ているわ。息子をお願いね」


 お願いって?

 私はローランド王子付きではなく、ただの見習いだ。お願いされても、世話ができるほどの技術はない。


 ――王子ったら。私が女官じゃないってこと、まだ話していないのね?


 でもここで王妃の言葉を否定したら、話が長くなるだろう。謁見えっけんできて嬉しいと思いつつ、緊張するので早く退がりたいというのが、正直な気持ちだ。


「かしこまりました。精一杯勤めさせていただきます」


 私は深く頭を下げる。

 国王も王妃も不思議そうな顔をしているけど、言葉遣いが間違っていても、できれば許してもらいたい。

 

 挨拶を終えた私は、ローランド王子と共に退出する。考えてみれば、王子は私に寄り添い、ぴったりくっついていた。見習いがこんなに丁寧な扱いを受けるのなら、女官になったらもっと……


 貴族の娘が女官に憧れるのは、王族のせいだと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る