フォース・アウト

 大地に亀裂が広がり、その上にある物の原型を壊していく。

 大規模な地震の発生が局所的に起こるはずはない。世界の意思としてはこの地震は近隣の海底火山の一斉噴火という事になった。

 大陸全土を揺るがすような地震は津波を起こして家屋を飲み込む事になるのだが、それはもう少し先の話で、現実にこの世界はその未来には到達しない。

 世界は困っていた。

 死んだ人間が、狭間の力によって戻されてしまった。

 そのありえない現象は即座に抹殺対象となったが、それも失敗。

 この『歪み』を修正する事はできそうになかった。

 時間が経てば経つほど事態は深刻なものとなる。

 世界のルールは絶対だ。一つの例外もあってはならない。例外は世界の崩壊、宇宙の消滅を意味する。

 世界というシステムがハングアップしてフリーズ。全てが停止してしまう。

 それだけは避けなくてはならない。たとえそれが緩やかに崩壊に向かう道だとしても他に選択肢はなかった。

 世界は『死んだ人間が生き返る』という事象を『よくある事』として認知した。



 上に圧し掛かった装甲車の破片を押し退け、軍用プロテクターを着けた兵士は体を起こす。

 何が起きたのかは分からなかったが、部隊は全滅したようだ。

 確かテロリストどもを殲滅したはずなのに、なぜ自分達が全滅している?

 生き延びたとは言え怪我が酷い。

 衛生兵は……他に生きている者は居るのか? と周りを見回し、歩いている人影を見つける。

 助けを求めようと声を掛けた所で、その男……少年に見覚えがある事に気が付いた。

 仲間ではない。あれは……、さっき『自分が撃ち殺したテロリスト』だ。

 生きていたのか? と慌てて武器を探すが手元にはない。逃げようにも両足が折れている。

 少年は兵士に気が付き、ゆっくりとやってくる。そして少年も兵士の顔に見覚えがある事に気が付いたようだ。

 手に持っているライフル、AK‐47がゆっくりと持ち上げられた。

 兵士は恐怖に過呼吸を起こしながら、引き金が掛けられた指が動くのをただ見ていた。



 真遊海は、できるだけ動かないようにしていた。

 百目鬼が突然おもちゃのようにバラバラになり、躍斗と一緒に消えてしまった。

 真遊海は混乱する頭で必死に考える。

 一体何が間違っていたのだろうか。

 作戦は完璧だった。共にテロリストの人質になるという、古典的なつり橋効果だが、うまくいっていたはずだ。

 躍斗にはさして危険ではないが、真遊海自身はかなり危険だったのだ。

 躍斗は正義の味方ではないが、近しい者を見捨てる事もしない。加えて遠回しな色仕掛けまで使った。

 それが、どこで計算を間違ったのか……。

 どうしたらいいのか分からずただ震えていたのだが、事態は落ち着くどころか更におかしな事になっている。

 死んだはずの兵士やテロリスト達が生き返り始めたのだ。

 そしてまた殺し合う。そしてまた生き返る地獄絵図。

 最新鋭の装備を持っているとは言え、私設軍の兵士達は大半が瀕死。

 地獄絵図はほぼ一方的に兵士達が蹂躙じゅうりんされていた。

 しかしテロリストも弾が尽き、ゾンビのように這い寄る兵士に不覚を取る。

 そうして何度もこの世とあの世を行き来するうちに、元の生き物の形を失っていく。

 体から流れる血は赤黒くドロドロとして、抱き合う兵士とテロリストの間に渦巻く。

 もう兵士なのか、テロリストなのかも分からなくなった元『ヒト』だったモノは、次第に溶け合って一つになっていった。

 辺りは既に戦場ではなく、魑魅魍魎が横行する異世界だった。

 躍斗のように気配を消せているだろうか。自分は水無月、そのくらいの奇跡が起きてもおかしくはない。起きてほしい。いや、起こせるはずだ。

 半ば現実逃避のように、そう言い聞かせながら必死に気配を押し殺していた。

 足が震えている。立ち上がれそうにない。

 混ざり合った異形のものは、真遊海の方へもやってくる。

 いやだ……、と後退るが、背後にも小さな気配を感じて振り返る。

 背後にいたのは小さな女の子、ニコだった。

 真遊海は口を震わせながら、血を流して近づいてくる小さなテロリストを眺める。

 頭から流れる血は赤黒いドロドロとした物に変わった。

 真遊海は涙を流しながら、声を上げる事もできずに震えている。

 ニコは真遊海の傍まで来ると、その胸に顔を埋めるようにそっと抱きついた。

 真遊海は震えながらも、ニコの頭に手をやる。

 真遊海の胸からドロドロが溢れ出す。

 真遊海はニコの頭をそっと撫でると、背に手を回して優しく抱きしめた。

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