鬼の喉元

 どうやらここのようだ、と躍斗は古い建物を見上げる。

 町外れの高台にある工場のような施設。何の目的で建てられた物かは知らないが、大きな倉庫が立ち並び、発電所のような鉄塔のある建物も隣接している。

 工場というよりは基地のようだ。

 真遊海をさらったのは外国人だと言っていたし、もしかしたら本当に基地なのかもしれない。

 さすがに車に乗せられた事もあって、途中からは残滓が曖昧だった。

 ここに連れ去られたと言う確証はないが、その方角にそれらしい建物はこれしかない。

 入り口辺りで残滓を探ると、真遊海の匂いを見つけた。

 ここは部外者が出入りしないので情報の上書きが希薄だ。感じ取りやすい。

 間違いないなら様子を見て、危ない目に遭ってたらついでに助け出してやるか、と入り口を探した。

 入り口の扉は電子ロックで、4桁の暗証番号を入力するタイプ。

 心を落ち着けて狭間を感じ取る。

 空間に残された残滓は決まったボタンに集中している。

 ここに来た者は必ず同じ行動を取っている。どれだけ情報が上書きされても全て同じ、細かい情報は要らない。

 四つのボタンの並びのパターンは二十四通り。

 間違うと警報が鳴るシステムだと厄介だが、それならそれで怪しい者を捕まえる為に扉が開くだろう――とパターンに従いボタンを押す。

 だが警報が鳴る事はなく、数回目でロックは開いた。

 監視カメラくらいはあるかもしれない、と捻った足を地面に軽く打ちつけて調子を確かめる。しっかりテーピングしてあるので、無理をしなければ問題は無いだろう。

 中に入るなり、完全武装した兵士に発見された。

 姿は消していたのだが兵士はガスマスクのような物を被っている。赤外線ゴーグルを兼ねているようだ。

 どちらにせよ。なんだここは? 外国人に拉致されたと言っていたが、米軍かなんかの基地なのか? と改めて真遊海の交友関係を疑う。

 基地内を完全武装をした兵士がうろついていると言うのも変な話だが。

 兵士は迷わずポンプアクション式のショットガンを発砲。

 レイコが出した車を止めたのと同じく、当たり判定によって静止した弾丸を見ながら相手の正気を疑うが、止まった弾を見て理解する。

 見えない壁に潰れたガムのように張り付いたのはゴム弾だ。当たっても死ぬ事は無いが、気絶か身動きが取れなくなるのだろう。

 その後でゆっくり何者かを尋問するというわけだ。だが捕まるわけにはいかない、と身を引き締める。

 いきなり見つかって少々ピンチだが、少しゲームをやっているようなワクワク感が湧き起こってくる。

 兵士は動揺しながらも続けざまに発砲しながら間合いを詰めてくる。

 時間を遅くする技は続けて使えないが、このコリジョンロックに時間的な制限は無い。

 だが領域は結構広くて、使いながら相手の脇を通り抜ける事はできない。安全でも取り囲まれてはこちらも身動きが取れなくなる。

 発砲音を聞きつけて他の兵士が集まって来た。

 背後に二人、正面に一人。ここは正面を突破する、と敵を見据える。

 正面の敵に突進すると相手は銃撃から格闘戦の構えに変えた。銃尻で殴りつけるつもりだ。

 躍斗はコリジョンロックを解いて時間を遅くする。

 躍斗に体術と言えるものは無いが、本を読んで理屈は知っている。頭の中では何度もシミュレーションしたものだ。

 動きがゆっくりなら、マニュアルに従って場を制するのは思った以上に簡単だった。

 銃尻を叩きつけてくる相手の銃身を掴み、動きに逆らわずより力を加える。

 相手の重心を見てバランスを崩させ、掴んだ銃を引いた。

 躍斗と兵士は、お花畑で恋人同士が手を繋いで回るように、銃を中心として回転を始める。

 だが彼は恋人ではない……と十分に遠心力がついた所で手を放す。

 兵士は合気道で投げられたように一回転して飛び、背後の敵を押し倒した。

 はたから見れば武術の達人に見えた事だろう。

 躍斗はまた一つ特性を理解した。

 時間遅延は加減すれば遅くなる率も下がるが、その分持続時間が延びる。

 そして防御にコリジョンロック、攻撃に時間遅延を使うのが戦いでは効果的だ。

 躍斗は廊下を奥へと走る。

 真遊海が捕えられている場所は分からないが、まず落ち着いてから残滓を探る事にした。

 だが角を曲がった所でまた兵士が待ち構え、さっきよりも大きな銃筒をこちらに向けている。

 無駄な事を……、と躍斗は平然と前に進んだ。

 当たり判定は強さでは貫けない。物理的な進入を絶対的に防ぐのだ。

 だがその筒から飛び出したのは弾丸ではなく炎。

 獄炎が躍斗の頭上に向けて放たれた。

 うわっ! と思わず体を下げる。

 火炎そのもの――放出された気化燃料自体はコリジョンに阻まれたが、熱そのものは伝わってきて躍斗の顔を焼いた。

 さすがに直撃させるつもりはなかったようだが、普通なら丸坊主になっている所だ。

 しかも時間を遅くしていると熱い時間が長い。

 そのまま相手に突っ込み、マスクをした顔面に拳を叩き込んだ。

 遅くなった時間の中で放たれたパンチは、正確に芯を捉えて大きな体格をした兵士を簡単に吹っ飛ばす。

 熱かったので思わず無粋な攻撃をしてしまった……と赤くなった手を振り、もたもたしていられないと振り返る。

 最初の兵士が追ってきているようだったし、騒ぎを聞きつけてどんどん人が集まってくるだろう。

 取り合えず身を隠せる所はないものかと走るが、まるでゲームのように次の敵が現れる。

 その敵が持っている銃器の形は普通と違う。それは映画で見るようなネットガン。猛獣捕獲用の網を射出する装置だ。

 まずい! と咄嗟に時間を遅めて前へと飛び出す。

 発射音と共に黒い弾が四方に飛び、弾の間に張られたネットが広がる。躍斗はジャンプしてその弾を一つ掴み、叩き落として安全地帯を作る。

 これに当たり判定ごと絡め取られては身動きが取れなくなってしまう。そうなったら終わりなので、そうなる前に隙間を作った。

 だが防御の為に時間遅延を使ってしまった。武器を失ったとは言え相手は訓練を積んだ大人。まともに殴り合えば敵わない。

 躍斗は時間遅延の効果が切れると同時に突進。コリジョンロックして当たり判定ごと相手に突っ込んだ。

 相手は迎撃の態勢を取ったが見えない壁に意表を突かれて吹っ飛ぶ。

 攻撃と防御の用途を臨機応変に入れ替える。我ながら悪くない対応だと思うも、既に両側から兵士がやって来ていた。

 一体どういう建物なんだ!? と呆れるもぼやぼやしてられない。

 兵士の一人がハンドガンを構えた。

 あれなら問題なく防げる、と思ったが飛んで来た弾は遅い。ゆっくり飛んできて見えない壁で止まる。

 時間遅延で遅くなっているのではない。弾には銃から伸びたワイヤーに繋がれていた。

 これは……アメリカドラマで見た事のある、犯人確保に使われる射出式のスタンガンだ。こんな物触れていなければなんの効果も……と思った所で電撃が走る。

 体が痺れる事は無かったが、コリジョンが……消えた!? と驚愕の表情を浮かべる。

 ノイズが走ったようにコリジョン情報が掻き消され、一瞬どこに意識を集中して修復すればいいのか分からなくなった。

 動揺していると、腰に衝撃。ゴム弾が当たったようだ。

 苦痛に耐えるも体は動かなくなる。続けてもう一発。

 そして後頭部に衝撃を受け、躍斗の意識は途切れた。



 気が付くと小さな部屋に転がされていた。

 顔を上げると大柄の男が見下ろしている。

「お。気がついたか」

 その男は顔に深い傷のある、いかにもここの兵士の隊長という風格だ。

 やられたのか、とこれまでの事を思い出す。

 大勢の武器を持った連中に。だが殺されなかったという事は、これから尋問されるのだろうか。

 黙秘権ではないが、こういう時は何も言わない方がいい。

 隙を見て、逃げ出さなくては――などと考えていたが、男は何も言わず警棒のような物を取り出し、戦いの構えを取る。

 そんな物が通用するか、と思ったが男が持っているのはただの棒ではない。棒状のスタンガン、スタンロッドだ。触れた者を痺れさせる武器。

 さっきもスタンガンにやられた事を思い出した。

 男は突進して一撃を喰らわせようとする。咄嗟にコリジョンロックしたがやはり掻き消された。

 ただ消えるだけではない。躍斗自身にも電気を流されたように一瞬硬直してしまう。

 躍斗はそのままスタンロッドの攻撃を受けた。

「がっ!」

 情けない悲鳴を上げて、硬直して倒れた。

 ノイズか……。電撃を受けると感じ取っている領域に、突然ノイズが走ったような乱れが生じる。

 電磁場に狭間の穴ができる事とも関係しているのか? ……そう言えば、レイコもスタンガンで追っ払ったんだ、とそこに考えが至らなかった事を後悔した。

「どうした? お前さんの力はこんなもんじゃないだろ」

 躍斗が起き上がるのを待っているかのように言う。

 しかしこれでは、痛めつけるというより、力を確かめているようだ、と思いながら立ち上がる。

 男は再度スタンロッドを振り下ろす。格闘戦に慣れている動きだ、素人には避けられない。

 躍斗は時間を遅めて避けながら、腕を取って重心を崩しにかかる。だが男はその力に逆らわずに重心をスライドさせるように移動した。

 能力の限界時間が来て時間の進みが戻る。

 躍斗は逆に体を崩され、一回転して地面に叩きつけられた。

「いい動きだがまだまだだな。反射神経だけじゃ相手は投げられないぜ」

 経験の差がありすぎる、と躍斗は歯を食いしばる。

 隙を窺ってドアから出ようとするが、動くほどに部屋の隅に追いやられ、電撃を喰らう。

 脇を走り抜けようにも電撃で痺れている体は思うように動かない。それに躍斗は能力の限界時間も正確には分からない。

 能力を熟知した上でそれを最大限に利用しなければ、自分の性能を熟知した上で当たっているこの男には勝てないだろう。

 力を得ただけでは、熟練度で遠く及ばない。

 躍斗は耐え切れずに膝を付いた。

「どうだ。降参するなら助けてやるぜ? お前の力。ウチで役に立ててみないか」

 なるほどね、と躍斗は理解した。

 止めを刺さない理由はそれのようだ。

 何の変哲もない少年が、兵士を翻弄した事実に目を付けたという訳だ。

「捕らえられた宇宙人になるのはごめんだね」

 二度、三度と電撃を加えられる。

「何度もチャンスはやらねぇぞ。悪いがお前さんの力は結構脅威でな。協力しないなら始末させてもらう」

“僕は魔王だぞ。誰かの軍門に下るなど。それだけは何があっても許されない。死んだ方がマシだ”

 というものだが、当然死にたくもない。

 ここは従ったフリをしてやり過ごすのが得策かとも思うが、そのくらい読んでいそうなものだ。

 死ぬか、大人の駒に成り下がるか……、いずれにせよここまでなのか……、とぼんやりと男を見上げる。

 男はスタンロッドを振り上げた。今までのような加減は無さそうだ。

 躍斗は思わず目を閉じる。

「待って!」

 スピーカーから室内に響く声は……、真遊海。

「条件をのむわ。だから彼を放してあげて」



 部屋から引きずり出され、分けもわからないまま真遊海と面会する。

 真遊海は涙を浮かべて躍斗に謝り、寂しそうに俯く。

「もう会う事は無いかもしれない……、私の事は忘れて頂戴」

 何がどうなっているのか知りたくもあったが、本人がそう言う以上何もできない。

 なにより電気ショックで体も心もボロボロだった。

 車に乗せられ、街に入った所で捨てられるように下ろされる。

 真遊海に後ろめたい物を感じないでもなかったが、躍斗にとっては能力が通用しなかった事の方が屈辱だった。

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