少女と女の子
体よりも大きめの服を着た少女は意味もなく街を歩く。
時折通行人が不審な目を向けるがキュオは気にしなかった。
どのくらい現世から離れていたのかは彼女も覚えていないが、街の間取りは狭間と同じ。ここは彼女にとってよく知った通りだ。
その街を
元の体に戻りたい。
十六才の、躍斗と並んで歩ける大きさに戻りたかった。
どうすればいいのかは分からない。それに戻ってしまったら妹としての立場を失うかもしれない。躍斗と同じように世界から抹消対象とされるかもしれない。
それでも居た堪れなかった。
あれ以来……、あの本来の自分と変わらない年齢でありながら、自分よりも美人で金持ちの少女が家に来て以来、キュオの心は焦燥に駆られていた。
今まで躍斗の事は好感を持っている程度だったが、あの少女の登場でそれが好意だったというのが分かった。
自分は狭間に体の一部を置いてきたのか。だとしたらもう一度狭間に行けば元に戻るのだろうか。
だが完全な利賀家の娘になったキュオを世界は狭間に落とさない。
だが元々狭間に落ちたのにも理由があるはずだ。何かしていればまたその兆候が現れ、狭間に行けるかもしれない、と意味もなく街を歩き回っていた。
もっとも狭間に行った所で、戻る確証もなければ帰れる保証もない。レイコに消されてしまうかもしれない。
それでも目の前で躍斗を奪われるのを見ているよりは……、と半ばヤケになっていた。
「あら。あなたは……、キュオちゃん?」
頭上から声を掛けられ、見上げると
「このカフェ、ルイボスティーを出してくれるからたまに来るんだ」
レンガ造りのビルの二階に位置する小さなカフェのテーブル席で、キュオの対面に座る真遊海は言う。
カフェインが入ってなくて老化防止、つまり若返り効果がある、と先ほどとは違う服を着ているキュオに紅茶のうんちくを披露する。
先ほど体に合った服を買ってやろうとして、キュオが真っ赤になって怒ったのだ。
結局着ていたのと同じサイズの違う服を買ってもらった。
子供扱いされる事を極端に嫌う子なんだという事は真遊海にも分かったが、若返りと言う言葉にまで過剰に反応した事までは知らない。
キュオは、いわゆる恋敵に物を与えられて懐柔されるなど我慢できなかったが、もらえる物はもらってしまう自分にも少なからず苛立ちを覚えていた。
ほとんど八つ当たりのようにきつく当たってしまうが、よく知らない人を警戒しているのだろうと、真遊海もあまり気にしていない。
真遊海の話を仏頂面で聞いていただけのキュオだが、会話が途切れた所で意を決したように切り出す。
「躍斗の事……、お兄ちゃんの事好きなの?」
こういう時だけ妹の立場を使うのは卑怯な気もしたが、聞かずにはいられなかった。
真遊海は少し考える素振りを見せたが、
「そうね、そうかもしれない」
とあっさりと肯定する。
「ど、どこがいいのよ……あんなの」
真遊海はそうねぇ、と話し始める。
不思議な感じがする。
人と違う。
何か特別な感じ。
何かと言われるとはっきり分からない。
だがそれがいいのだ。簡単に言葉にできるのならそれは不思議ではない。
水無月の女性は引く手
金持ち。優秀。高貴。容姿端麗。喧嘩自慢。
最後のはほぼチーマーの事だが、大抵この組み合わせのパターンが違うだけだ。
真遊海は紹介される男達を名前で呼んだ事はない。すべて先のあだ名で呼んでいる。
小さな女の子には少々難しいと思われる事を包まず話す真遊海に、キュオは少しだけ好感を持つ。
真遊海も孤独だったのだろう、と少しずつ相槌を打つようになった。
「お兄ちゃんの事好きなんだねぇ」
という言葉にキュオは俯いてしまう。
確かにそうなのだが、本当にそうなのか自信はなかった。自分には躍斗しかいないから、だからそう思っているだけではないのかと。
「大丈夫よ。私は二番目でいいから」
と笑う真遊海に少し心が痛んだ。
元の体に戻っても、この人には敵わないのではないか。
和やかに話す真遊海を見ながらキュオは少し反省する。
真遊海に当たっても仕方が無いのだ。返って躍斗に対する印象を悪くしてしまうかもしれない。
少し警戒を解いて真遊海の話に相槌を打っていると、ドヤドヤと大柄の男達が店に入ってきた。
お洒落な店に似つかわしくない服装をした外国人だ。
男達はキュオ達のテーブルまで歩き、日本語ではない言葉で話しかける。
真遊海も同じ言葉で返答すると、男達は真遊海を掴んで強引に立ち上がらせた。
あたふたするキュオを無視して男達と真遊海は、キュオに分からない言葉で揉める。
男は突然、真遊海の頭をテーブルに押さえつけた。
店員が声を上げるが、男達の一人が凄んで下がらせる。
「大丈夫よ。こいつら、知り合いだから」
苦痛に顔を歪めながらも真遊海はキュオに言う。
そして男達は強引に引っ立てて行った。
「キュオちゃん! 躍斗には言わないで! お願い」
と叫んだ所でスタンガンを当てられて気絶させられる。
うな垂れて連れ去られる真遊海を、キュオはただ見ているしかなかった。
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