リストア・ガベッジ
昼と言うには遅く、夕方と言うには早い時間に躍斗は街をうろついていた。
引きこもりだが最近よく外に出る。
主な理由は小さな事故を起こして世界に排除されようとしているからだ。
家に居れば安全かもしれないが、そのまま世界からも断絶してしまいそうな気がした。
世界が排除しようとするからこそ、逆に懐に飛び込む。
そうする事で前に進めるのではないか、そんな事を考えながら歩いていると薄ら寒い気配を感じた。
この感じは……と後ろを振り返ると同時にライトの光とエンジンの音が迫る。咄嗟に身をかわすが、倒れた際に足を捻ってしまった。
躍斗の体をかすめて行ったのは大きめのバイク。バイクはそのままスリップして転倒。派手な音を立てて壁にぶつかる。
事故? いや、あまりに突然だった。あのバイクは突然、道路の真ん中に『出現』した。
運転者が敵か? と見ているとバイクは乗り手ごと粒子のように
幻ではない事は地面に伸びたタイヤ痕と壊れた家壁を見れば分かる。ぶつかっていれば大怪我だった。
これを放った奴がいる、とバイクの来た方向を見る。
理髪店の壁から白い腕が伸び、そこから現れたのは全裸の女性。
白い体に長い髪、赤黒い液体を目口から流したレイコだった。
ついにこっちの世界にも姿を現したか。雑魚が通用しなかったから、直接叩くつもりか、と妖艶とも言えるゾンビを見据える。
今日は一段と涙の量が多いような気がする。ボタボタと地面に滴り落ちるそれは、血溜まりと言うより霧状のドロドロになって地面の上辺りで渦巻いていた。
レイコはこちらに歩いてくる様子は見せずに、赤い涙を流し続けている。
躍斗は足首の痛みのせいで直ぐには立てずにいた事もあり、レイコの出方を窺った。
立ち上がろうとした隙に攻撃されそうで迂闊には動けない。少しずつ後ろに移動しながら周囲を確認する。
躍斗は覚えたばかりの『索敵』を使った。前に注意を引き付けておいて、背後から攻撃してくるかもしれない。
索敵なら目で見ているわけではないので、背後も含めた空間全体を把握できる。
だが開けた空間のせいか思ったようには行かなかった。あの時は密室にいたから分かりやすかったようだ。
外ではその範囲が広過ぎる為、空間を認識できない。
だが落ち着け、部屋だって密閉されていたわけではない。
空調の穴なり外へと繋がるものはたくさんあったはずだ……と自分に言い聞かせるが、言うが易しとはまさにこの事。
どこからどこまでという空間の枠が全く見えない。集中すればするほど焦りもあってうまくいかない。
それではダメだ。逆に力を抜くんだ……と考えを入れ替え、気配を消す時と同様にぼんやりと世界全体を感じようとする。
空間の枠を感じ取るには至らなかったが、レイコの足元――血溜まりに何かがあるのが感じとれた。
空間の歪み、ゆらゆらと揺らめいていて、色々な情報が入り混じっているように思う。
ごちゃごちゃと激しく情報がひしめき合っているその様は、さながら別の時空間に繋がっているかのようだ。
狭間か? あそこは狭間と繋がっている? などと考えているとその中の情報の一つが大きくなる。
車だ。赤いスポーツカーのイメージが浮かび上がった。
躍斗は狭間の中で壊されたオタク達のフィギュアが残っていたのを思い出す。
さっきのバイクも、前にここを通った情報が狭間に残っていた物だったようだ。それを、躍斗がキュオを抜き出したように、現世に抜き出した物だった。
という事は……、と考える前に車は実体化して勢いよく走り出す。物理法則を完全に無視したいきなりのトップスピード。
車が以前ここを走った時の速度をいきなり再現した。
狭い道路の為、それほどの速さではないが、人間を轢き殺すのには十分だ。
時間が遅くなる世界の中で、ゆっくりと躍斗に迫ってくる。
足を痛めている。横に転がって逃げるには間に合わない。車高も低くて下にも潜れない。
普通なら万事休す。
ここで狭間にいる時に使った物体通り抜けが使えないだろうか、と考える。
いや、ダメだ。こんな土壇場でうまくいくはずはない。都合のいいように考えるな、発想を変えろ。
当たり判定を抜けられないなら当てるんだ。
車は躍斗に接触する寸前で、ゆっくりとひしゃげるように変形。破片を飛び散らせながら、後部を跳ね上げるようにして停車した。
要は躍斗の周りの四角い形をした、見えない柱にぶつかって止まったのだ。
煙を上げる赤いスポーツカーは粒子になって消える。
その向こうに、ゆっくりとこちらに歩いてくるレイコの姿が見えた。
拒絶する事に関しては得意分野の為か、当たり判定を逆に硬くした防御はうまくいったが、危機は去っていない。
モデルのように無駄のない足取りで歩み寄ってきたレイコを、下から見上げる形になる。
レイコは屈み込むように手を伸ばす。同じように防御してレイコは見えない壁に手を付く形になったが、やがてゆっくりと中に侵食してきた。
相手も狭間の化け物。躍斗にできる防御で防げるほど簡単ではないようだ。
レイコは躍斗の肩に手を置き、キスでもするように顔を近づけてきた。
躍斗は後ろに隠した手をレイコに向かって突き出す。
その手には熊のマスコットが握られていた。
バチッ! と稲妻が走ったような音と光、レイコの姿はノイズがかかったように乱れて消えた。
しばし動かずに様子を窺う。
助かったのか? と周りを見回し、こんなものが本当に通用するとは思わなかった……と手の中のマスコットを眺めた。
だが、一時的にいなくなっただけかもしれない。早く人のいる所まで移動しなくては。
あのゾンビも人のいる所では襲わないだろう。人知れず始末するのが目的のはずだ。
集中力を使いすぎたのか、かなり疲弊していたが足を引きずるようにしてその場を離れた。
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