世界の修復者

 街外れまで歩いたので、自宅近くに戻る頃には辺りは暗くなっていた。

 躍斗は古い店が立ち並ぶ通りを歩きながら、こんな店もあったのかというように目を遊ばせながら帰路に着く。

 閉業している店も多いのではないだろうか、というくらい人通りはない。

 街灯の点いた静かな通りに動いているのは躍斗一人だ。閑散とした街を歩きながら狭間の街を思い出していた。

 その中の寂れた店に目を留める。

 ショーウィンドウの向こうに見えるのはマネキンだろうか。薄汚れていて店内にはゴミが散乱しているように見えるのに、そのマネキンだけ白く浮いている。

 元はブティックかなんかだろうか。綺麗な形をしたそれは思わず目を奪われてしまいそうなほどのプロポーションだが、秀麗な顔には少し汚れが付いているようだ。

 その汚れはまるで目からを血を流しているようで……。

 躍斗は店から離れるように道を逸れる。

 こっちに出てくるのだろうか? いや、それなら姿を見せる必要は無い……という事は、と後ろを振り向くと、掴みかかろうとしているコートの男がいた。

 その攻撃をかわし距離を取る。男は無感情に向きを変えて、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 確か、影が実体化して男になったんだ……と男の足元を見ると影がない。

 自分の影は? と足元を見るが特に異常は無い。ちゃんと主人の元にくっついている。

 同じ手は使わないのか、それともできないのか。いずれにせよ油断はできない。

 いつまでもこいつらの影に怯えながら――いや影はないんだが――要するに逃げながら街を歩くのは本意ではない。

 戦って、自分のテリトリーを確保したいものだ。

 だが、前は掴まれただけで狭間に引きずり込まれた。取っ組み合うわけにもいかない。

 どうしたものかと思案していると背後からもコートの男が現れる。

 このまま数が増えてはまずいな……、躍斗は周りを見渡した。

 挟まれては面倒だと背後の男と距離をとり、正面の一体と対峙する。

 躍斗の影が男に触れ、どちらの影だか分からなくなりそうになる。

 何気に手を上げて男の足と合わせてみると本当にどちらの影にも見えた。

 くっついたのか? と思っているとコートの男が錆び付いたように動きを止めた。

 ん? と回り込むように様子を窺うが、躍斗の影は男と繋がったままだ。完全に光源を無視している。

 男はガクガクとロボットダンスのようにぎこちなく動き、そのまま前方に歩き出した。

 躍斗の前を通り過ぎ、背後から近づくもう一人の前に立ち塞がる。

 影が操っているのかな? と片手を上げると、影で繋がった男も同じように動き、迷惑そうに押し退けて通ろうとしていたもう一人の顔面を吹っ飛ばした。

 影のない男に躍斗の影が重なって、一時的に男の影にもなったようだ。

 人間同士なら「何をする?」「血迷ったか?」等と言いそうな場面だが、男は冷静に行動を続ける。

 そして影は躍斗の動きに合わせて動く。だからその影に付いている男も同じように動く、という事だろうか、ともう一度腕を振ってみる。

 相手の鉄のような顔にまたパンチを叩き込んだ。

 もちろん躍斗は何もない宙を殴っている。まるで遠隔操作のゲームをしているようだ。

 相手もさすがに邪魔なのか反撃してくる。だが影の男がいくらやられようと躍斗に衝撃が返ってくる事はない。

 影に操られた男は躍斗と全く同じ動きをしているわけではなく、イメージするだけでも動かせるようだ。

 だが自分で動く方がイメージしやすい。

 しばらくモーションセンサーのような格闘ゲームを楽しんでいると、敵の男は粒子になって消えた。

 やったか? 勝ったのか? 今の敵は何点だ? と思いながら影を通して繋がっている男にシャドーボクシングをさせる。

 これならさわれない相手とも戦える。

 だが複数で襲われたら心許ないな……、と他の影が動き出さないか辺りを窺っていると、ガラガラと何かが崩れるような音がする。

 近くの店舗からのようだ。新たな敵が出てくるのか? と気を引き締めていると突然目の前のシャッターが破られた。

 中から姿を現したのは、人型。

 だが人ではない。いびつな形をしたそれは、ガラクタを寄せ集めて人の形にしたヘタな工作みたいな……ロボットだ。

 影が実体化した物ではない。このロボットには影がある。影男が通用しなかったからもう一ランク上の敵を出現させたのか?

 しかしこいつは一体? と改めてロボットを見る。

 よく見ると金属ばかりではない。木やプラスチック、紙の部分もある。

 足は鍋。骨格はホウキやバット、物干しなんかの棒。目には懐中電灯。歯はシャーペンの先か。

 体もファイルやノート等を敷き詰めた装甲だ。

 頭にはチアガールが応援に使うようなフサフサにメガホンを三角帽子のように被っている。

 これは……、とロボットが出てきた店舗を見ると百円ショップだった。

 どうりで色々な物があるはずだ。商品を寄せ集めて形にしたのか。一体いくら位のロボットだろう。結構パーツが多い。シャッターを破ったのだから結構重さがあるはず、中まで細かいパーツが詰まってそうだ。一品百円なら三十万円くらいか? と見ていると百円包丁で出来た手を広げた。

 間抜けな見た目だが、侮ると痛い目を見そうだ。

 躍斗の影が操る男は、その手の一閃を受けてスライスされて消えた。操る先を失って影が戻ってくる。

 ロボットはズシンと地面を揺らして歩み寄ってきた。

 動きは鈍そうだから逃げるのは簡単だ。だが、あんなものがどんどん作られては面倒だ。逃げれば動きの早いロボットも出てくるかもしれない。

 こいつもここで叩く、と身構える。

 しかし攻撃は避けられても、反撃した所で素手では大したダメージは与えられない。

 考えていると躍斗の影が勝手に横に伸びていく。

 ゴミ置き場まで伸びるとポリバケツに手をかけた。正確にはその影だ。ポリバケツの『影だけ』を持ち上げた。

 躍斗の元へ戻ってくると、影はボウリングの玉のようにポリバケツの影を転がす動作をする。

 すると影だけが何も無い通りを転がって行った。

 そしてそれは、一歩踏み出すように片足を上げていたロボットの足の下に挟まる。正しくは足の影に接触したのだが……。

 ロボットは丸い物を踏んだかのように滑って転んだ。

 ガッシャーンと派手な音を立てて地面に倒れたロボットはバラバラになった。案外モロイ。

 灰皿など丸い物がカラカラと四方に転がって行くのを見ていたが、ロボットも再生する様子は無い。

 影が片手を上げたので、躍斗も同じように上げた。

 影は手をはたくように動かす。ハイタッチしたのか? と躍斗は苦笑した。

 一度奴らに『使われた』身であるから思う所があったのかもしれない。いずれにせよ躍斗の影はもう味方のようだ。

 独立した固体となった影、「レンダーシャドウ描かれた影」と名付ける事にした。

 近くのガラスにレイコの姿がない事を確かめると、躍斗は何でもないように歩き出す。

 その後ろをレンダーシャドウがぴったりと付いて歩いた。

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