魔王の条件
躍斗はいつものカフェでいつものコーヒーを飲む。
事故に遭うのは相変わらずだがもう慣れた。それにそれほど頻繁ではない。
キュオは家にいるからか、力を使わないからか事故に遭う事も無い。
狭間の街を逃げ続けていたからか、あまり外を出歩く事に興味はないようで、ずっと躍斗の部屋で漫画を読んでいる。
いつ体が元に戻ってもいいようにと大き目の服を着ているから、あまり出歩かれても家族としては迷惑だ。
キュオは躍斗の妹としての設定がどんどん作られていっている。
病弱でずっと家で療養、躍斗の部屋で一緒に生活。いつの間にか箪笥の引き出しに女の子の下着が入っていた。
世界はキュオを抹消ではなく受け入れ始めている。魔王になると言い出さない限り心配はないだろう。
しかし……、と店内を見回す。
チーマーの姿が全く見えない。あれ以来警戒が厳しくなると思っていたのだが、静かなものだ。
一般客にとってはありがたい話だろうが、返って不気味だ。
そう思っていると見覚えのある少女が店内に入ってくる。質素ながらシルクのような柔らかい生地の服を着たお嬢様、真遊海だ。
真遊海は店内の……躍斗の近くの席に座ると落ち着きなく店内を見回す。
そわそわと手足を忙しなく動かし、焦りの表情をしている。
躍斗を探している事は明らかだが、それにしては様子がおかしい。
時計を見、外に出ようか……と席を立ちかけては、もう少し待ってみよう……と座り直す。露骨にそんな行動だ。
ここは躍斗にとって安らぎの場所、はっきり言って目障りだ、と能力を解く。
キョロキョロと辺りを見回していた真遊海は躍斗に目を留め、あっという顔をすると傍へ来た。
「ねぇ。助けてほしいの」
懇願するように言う。
恥ずかしい写真でも撮られたか? と真遊海の方を見もせずに嘆息した。
「僕に関係ない」
恋人でもない女の為に力を使うなど、魔王のする事ではない。
真遊海は黙ってしまったが、俯いてすすり泣く。
「あなたの……言った通りだった。私が……バカだった」
手で顔を覆う。
「済んだ事だろ。思い知らせてやればいいじゃないか。金の力で」
「違うのよ。チーズを……チーズを助けて。私はどうなってもいいから」
ん? と躍斗は眉を上げる。
奴等は真遊海の飼い犬――チーズをさらって身代金を要求したと言うのだ。
金は払ったがチーズは帰らない。更に金銭を要求してきたと言う。返せばどうなるか分かりきっているのだから当然だろう。
家の者もたかが犬の事で、と取り合ってくれないらしい。親が相手にしない以上、真遊海の歳では警察も頼れない。
親は金を出して「新しい犬を買え」で終わりだ。だがチーズは真遊海にとって掛け替えのない友達、代わりなどいない。
そう言われると気の毒だ。もちろん真遊海ではない。さらわれた犬の方だ。
躍斗は魔王で、人類の敵だが動物の敵ではない。動物に罪はない。その為に力を使う事に抵抗はないが、真遊海の頼みである以上人助けになる。
渋っていると、真遊海は肩をすぼめて目を伏せる。
「そうよね。……お門違いよね。私にはお金があるから何でもできるって思い込んで……、傷付く事なんて何ともないって粋がってて、でもその為にチーズが怖い目に遭うなんて考えもしなくて……」
顔を上げた真遊海は目に涙を一杯に溜め、そして子供のように声を上げて泣き始めた。
客の声が一斉に止まり、店中の注目を浴びる。
「ごめんなさ~い。なんでもするから~」
恥も外聞もかなぐり捨てたような泣き叫びに、ひそひそという声が聞こえ始める。
姿を消そうにも注目を浴びているし、羞恥心でそれどころではない。走って逃げたかった。
「わ、分かった。犬を助けてやるから」
「ホント?」
ピタッと泣き声が止む。
さらわれた犬を助け出すだけだ。躍斗には造作もない。
とっとと終わらせよう。そして二度とこの子には関わらない、と躍斗はコーヒーの残りをあおった。
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