第28話 全て、仕舞ったはずなのに①
まさみは幼稚園生の時から他の子供たちよりも背が一回り大きかった。背の順で並ぶと必ず後ろに並ばされた。まさみが小学生の高学年になり、友達とみんなでバスに乗ろうとするとまさみだけ大人料金を請求されそうになったこともあった。ただまさみにとって他の子供たちよりも背が大きいことは嫌なことではなかった。むしろ大人っぽく見えることに嬉しさを覚えるくらいだった。しかしまさみが中学に進学すると彼女にとって忘れられない出来事が起きた。授業が終わって十分間の休み時間に、まさみは椅子に座って次の授業の準備をしていると、いきなり椅子の下から大きな衝撃を受けた。まさみは勢いよく後ろを振り返ると同じクラスの男子生徒が椅子にふんぞり返っていた。どうやらこの男子生徒がまさみの座っている椅子を思いっきり蹴りあげたらしい。
「何するの? 」
「お前のせいで黒板が見えないんだよ。このデカ女」
男子生徒はまさみに吐き捨てるように言い放った。まさみは腹が立って言い返そうと立ち上がると、どこからかクスクスという笑い声が聞こえた。彼女はその笑い声がした方を向くと、そこには三人の女子生徒たちが笑っていた。
「本当のこと言ったらダメじゃん。高橋さんが可哀想でしょ」
まさみはこの言葉を聞いた時に、今までに感じたことのないほどの恥ずかしさを感じた。まさみは恥ずかしさから顔が真っ赤になり、そして俯いたまま席に座った。まさみは背が大きいことは自分のチャームポイントだと思ってた。しかし笑われたことで彼女は初めて背が大きいことに恥ずかしさを感じた。それからまさみは背中を曲げてなるべく猫背になって、目立たないように生活した。まさみはクラスメイトたちが自分のことをデカ女だと笑っているのではないかと思うと、怖くなって誰にも心が開けなくなってしまった。
まさみにとって最悪な中学時代だったが、彼女が中学三年生の時に同じクラスになった男子生徒に恋をした。まさみの初恋だった。その男子生徒は小柄だったがいつもクラスの中心にいて明るい性格で、まさみは自分と対照的な彼を好きになった。楽しくなかった中学校も楽しくなり、毎日ウキウキした気分で中学校へ行った。まさみは彼と接点がなくて話す機会がなかったが、彼を見ているだけで本当に幸せだった。しかしまさみは中学を卒業したら、お互い違う高校に進学することを知ると、彼を見ているだけでよかったはずなのに、自分の思いを彼に伝えたいと思った。だからまさみは卒業式の終わりに体育館裏に彼を呼び出して、自分の思いを告白すると、彼は一言こう言い放った。
「俺、自分より背が高い女はマジで無理なんだよね」
彼は言い終わるとまさみを置いて去っていった。まさみの初恋は呆気なく終わった。
まさみは高校に入学すると背の高さからバスケットボール部とバレーボール部に勧誘された。彼女は運動神経が悪いという理由で何度も断ったがそれでも勧誘がしつこく、強引にバスケットボール部の見学に参加する羽目になった。
「まさみちゃん。私がパスをするからゴールにボールを入れてみて」
「私、本当に運動神経悪いんで出来ないと思います」
「やってみないと分かんないよ! いいからやってみよう」
まさみは仕方なくコートの上に立つと、それだけで期待の声で軽くざわめいた。先輩がまさみにパスをしたが、まさみはボールを取り損ねた。先輩はもう一度まさみにパスをするとまさみはボールを取れたが、ドリブルが全く出来なくてボールは明後日の方向に飛んでいった。まさみは何度も先輩にパスをされたがドリブルもボールをゴールに入れられそうにない。最初は笑っていた先輩たちもまさみが失敗する度に顔が引きつっていった。
「もういいよ。今日は来てくれてありがとう」
先輩はまさみに両手を差し出したので彼女はボールを渡して体育館を出た。
「ただデカいだけじゃん」
まさみがコートを出る時に、誰かがそう呟いたのが聞こえた。彼女は言い返すこともせず体育館を出た。バレーボール部もそのやり取りを見ていたらしく、それからは勧誘を受けることはなくなったが、まさみはただ惨めだった。背が大きいだけで勝手に期待されて、期待に応えられなければ落胆される。まさみはこれ以上背が伸びませんようにと毎日祈っていたが、身長は止まるどころか伸び続けた。
高校に入ってすぐに声を掛けてきた同じクラスの女子生徒がいた。彼女は小柄でまさみよりも小さくて、二人が並ぶと彼女はまさみの胸くらいの身長だった。
「まさみちゃんって背が大きくてモデルさんみたい。私、小さいから羨ましい」
彼女は毎日のようにまさみにそう言って声を掛けた。そしてふざけた様子でまさみのことを「でかみちゃん」と呼ぶようになった。いつの間にかまさみは「でかみちゃん」とクラスメイトたちからも呼ばれるようになった。最初は笑っていたまさみも何度も言われるにつれて辛くなった。まさみは女子生徒たちと話している時に、勇気を出して「でかみちゃん」と呼ぶのは止めて欲しいと言った。すると彼女たちは顔を見合わせて突然吹き出した。
「なに傷ついちゃってんの? ただのあだ名じゃん。そんなことで怒らないでよ」
「そうだよ。そんなつまらないこと言って空気を壊さないでよ」
まさみはその時に自分の意思よりも全体の空気を守ることの方が大事だということを学んだ。その日からまさみはなにを言われても笑って受け流すようになった。自虐をして人を笑わせることもした。すると今まで関わりのなかった他のクラスの生徒からも声を掛けられるようになった。中学の時よりも一人ではなくなった。まさみは人から笑われる度に胸の痛みを感じたが、気づかないふりをし続けた。
大学に進学してもまさみは自分の身長をネタにして笑わせていた。まさみが大学三年生になり、彼女はゼミに所属することになった。ゼミに所属する三年生と四年生が顔合わせをする教室にまさみは向かった。彼女が教室に入ると既にゼミ生たちが多く集まっており、彼女は男子学生の隣に座った。
「初めまして。高橋まさみです」
「どうも」
男子学生はまさみとは目を合わせずぶっきらぼうに挨拶を返した。それが晴人だった。まさみは晴人のことを感じが悪い人だと思い、彼女は晴人とは絶対に仲良くなれないと思った。
まさみが図書館で何冊も本を脇に置いてパソコンを開いて作業をしていた。
「何してんの? 」
ぶっきらぼうな口調で話しかけられたまさみはパソコンから顔を上げると晴人が立っていた。彼女はパソコンに視線を戻してキーボードを叩いた。
「今度ゼミで発表があるでしょ。その発表の準備をしてるの」
「それってチームで発表するやつだろ? 他のヤツらはどうした? 」
晴人は周りを見渡したが、まさみと同じチームの学生はいなかった。
「適当にやっても真ん中くらいの成績をくれるからみんなは適当でいいじゃんって」
まさみと晴人が所属しているゼミはいくつもあるゼミの中で最も厳しくないゼミで有名だった。どんなに手を抜いた発表でも教授は学生に一番下の成績はつけないので、ほとんどの学生は適当な発表をする。晴人は呆れた顔でまさみの向かいの席に座った。
「それで丸投げされたんだ」
まさみは晴人の言葉にムッとした表情を浮かべた。
「丸投げなんて言葉が悪い……」
「そいつらと同じように適当に資料を作って発表すればいいじゃん」
「そういうのは嫌」
まさみはきっぱりと言った。
「えっ? 」
まさみの強い否定の言葉に晴人は驚いた。
「確かに適当な発表をしても教授は真ん中くらいの成績をくれるよ。でも適当な発表をしてもいいって訳じゃないと思う。私はそういうのはただのズルだと思う。私はそういうことはしたくない」
「高橋が一生懸命資料を作ったのにサボったヤツらも良い評価されるかもしれないぞ。それでもいいのかよ? 」
「別にいいよ。私がやりたいことだから」
晴人は立ち上がるとまさみの隣の席に座った。
「手伝うよ」
まさみは晴人がそんなことを言うなんて驚いた。
「別にいいよ。忙しいでしょ? 」
「俺のチームは準備はもう終わってるから」
「ありがとう……」
まさみが戸惑った表情を浮かべているのも気にも留めずに晴人は作業を始めた。
まさみと晴人の準備のお陰で発表は上手くいき、まさみたちのチームは一番上の成績を取った。晴れやかな顔をしているまさみとは対照的に晴人は不服そうだ。
「外山くん。ありがとう」
「別に」
二人はその出来事から仲良くなり、二人だけで遊びに行くことが増えた。まさみは晴人と仲良くなっていくにつれて、彼が人見知りだということが分かると今までのぶっきらぼうな態度も気にならなくなった。まさみはその時まではまさみは晴人のことを仲のいい友人だと思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます