第22話 私たち、BBQします②
まさみは晴人がバーベキュー大会に少しだけなら参加出来ることを柳に伝えると、彼は喜んだ。
「本当か! 会えるのが楽しみだなぁ。俺はなぁ、高橋の旦那に本当に感謝してるんだよ」
「はぁ」
まさみはどうして柳が晴人に感謝しているのか分からず曖昧な返事をした。
「だってゴツイだけで色気もへったくれもないお前を嫁にもらってくれたんだからな」
柳はまさみの肩を擦ると女の幸せをとうとう掴んだなと言い、去っていった。もしセクハラ全国大会があったら優勝しそうな柳の言葉にまさみは心がスーと冷めていくのを感じていた。彼女は会社のバーベキュー大会が憂鬱でしかなかった。
まさみはケーキが入った箱を片手に電車を降りた。彼女は柳からセクハラを受けたこと以外は全てが順調に進み、定時で退勤できたのでデパートで自分と晴人の分のショートケーキを買った。彼女はここのショートケーキが大好きで、軽い足取りで家路へ向かっていた。
「先輩? 」
まさみはその声に立ち止まると、声がした方向へ顔を向けた。
「やっぱりそうだ。高橋先輩ですよね? 」
「ええと……。三谷さん? 」
まさみに駆け寄って来たその女性は三谷小春だった。彼女はまさみと晴人が大学生の時に同じゼミに所属していた後輩だった。彼女は可愛らしいルックスと素直な性格でゼミに所属する男子学生たちに人気だった。そんな彼女を射止めたのが晴人だった。つまり彼女は晴人の元恋人だ。
「そうです! こんな所で会うなんて偶然ですね」
まさみは少しの気まずさを感じながらも小春はニコニコと話しかける。
「そうだね。三谷さんは今日はお休み? 」
「そうなんです。平日が休みなんです。今日はたまたまこの辺りで遊んでて」
「そうなんだ」
「そういえば高橋先輩と晴人先輩、ご結婚されたんですよね。おめでとうございます」
小春は頭を下げた。
「ありがとう」
まさみはぎこちない笑顔を浮かべた。
「晴人先輩のお店ってこの辺りなんですよね? もし良ければお店に遊びに行ってもいいですか? 」
まさみは断ろうとしたが、小春の上目遣いにまさみは心が思わずときめき、頷いてしまった。
「うん……。いいよ」
「本当ですか? 嬉しい! 今から行ってもいいですか? 」
「今から? 多分大丈夫だと思うけど……」
「それじゃあ連れて行って下さい」
「うん」
まさみは戸惑いながらも小春を晴人の店に案内するために歩き出した。まさみは案内しながら小春に対して羨望の眼差しを向けていた。小春はシフォン素材のパフスリーブのトップスを身につけ、花柄のスカートを履いている。小春のコーディネートは彼女の持つ柔らかい印象を更に際立たせている。まさみはゴツイ・デカい・女らしくないと言われることがほとんどだったので、こんなかわいい女の子になりたかったなと自分よりも十五cm程身長の低い彼女を見ながら思った。
まさみは小春を店まで案内している内に会話の中で些細な違和感を覚え始めていた。
「駅から遠いですね」
小春は息が少し上がっていた。
「歩かせちゃってごめんね。家賃を抑えるために少し遠い所に店を借りたから」
「こんな所に借りたらお客さん来ないだろうなぁ」
小春はポツリと呟いた言葉がまさみの耳に届いた。
「最近は少しづつお客さん来てるんだけどね」
まさみは苦笑いしながらそう返した。
「そうなんですね」
小春は興味が無さそうだった。
「三谷さんって確か不動産の仕事してるんだよね? 」
「はい」
「賃貸とかそういうの? 」
「いや投資用不動産の営業です」
「そうなんだ。ウチの会社にも時々電話が掛かってくるよ」
まさみは社内にいる時に不動産に興味がないですかという勧誘の電話が掛かってきたことがある。有無も言わさず電話を切ってしまえばいいのだが、自分もテレアポをしてきたので、まだ拙いテレアポに微笑ましく思いながら、なるべく相手が傷つかないように毎回断っている。
「別に大した仕事じゃないですよ。毎日電話して投資用不動産興味無いですかって色んなところに電話するだけですから」
小春のにべもない言葉にまさみは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。小春はこんなに棘のあるような言い方をするような人間だったかと不思議に思った。学生時代の小春はいつも笑顔を浮かべていて、相手の気持ちを害するようなことは言わなかったはずだ。まさみは違和感を抱きながらも小春を店へ案内した。
二人が店に着くと既にシャッターが閉められていた。
「ここがお店。シャッターが閉まってるからこっちから入って」
まさみは店に繋がる裏口に小春を案内した。彼女は裏口の扉を開けると晴人が一日の売上の計算をしていた。
「ただいま」
「おかえり。今日は早かったじゃん。その箱どうしたの? 」
「仕事が定時で終わったからあそこのショートケーキ買ってきたよ」
「マジで? 嬉しい」
晴人は笑顔を浮かべた。まさみは自分の背中に隠れている小春を紹介した。
「それよりお客さん連れてきたよ」
「久しぶりだね」
「何しに来たんだよ」
晴人の顔から表情が消えて、声のトーンが下がった。
「別に。晴人の店が潰れてるか確認しに来たの」
小春は店に入ると値踏みするような視線でぐるりと中を見渡した。
「駅から店まで遠いし、店の雰囲気も暗いんじゃない? これでお客さん入ってるの? 」
小春は小馬鹿にした口調だった。まさみは彼女のあまりの豹変ぶりにただただ驚くしかなかった。
「それなりに入ってるよ」
「本当かなぁ? 儲からない古着屋なんかやるより普通にサラリーマンやってればよかったんじゃない」
晴人は小春に近づいた。
「何が言いたいんだよ? 」
「古着屋なんてしょうもない夢を見ないで現実を見ろって言ってんの」
まさみは晴人と小春の間に割り込んだ。
「まあまあ二人とも落ち着いて。久しぶりに会えたんだから楽しい話をしようよ」
「うるさいんだよ! 」
小春は前にいたまさみを思いっきり突き飛ばした。まさみはよろけてしまい、後ろにいた晴人がすぐに支えた。しかしまさみはよろけた時に手が商品棚に当たってしまい、棚に置いてあったTシャツを床に落としてしまった。
「大丈夫か? 」
「うん。平気」
「おい謝れよ」
「はぁ? 」
「謝れって言ってるんだよ」
晴人の声は明らかに怒りが篭っていた。
「そんなに強く押してないでしょ! こんな時だけ弱々しくなってんじゃねぇよ! このデカ女!! 」
小春はまさみに怒鳴りつけると裏口へ向かった。彼女はドアが壊れるんじゃないかと思うくらいの強い力でドアを閉めた。
「本当に大丈夫か? 怪我は? 」
「大丈夫。手を少し擦りむいただけ」
晴人は擦りむいたまさみの手を見て、自分が傷つけられたような表情をしていた。
「ごめん」
「本当に大丈夫だって。それより商品は大丈夫? 」
「ただ落ちただけから平気」
「良かった」
まさみはほっと息を漏らした。
「どうして小春……。いや三谷と一緒になったんだ? 」
「実は駅に着いた時に三谷さんとたまたま会って、晴人の店に行きたいって言うから連れてきたんだけど……。まさかこんなことになるなんて。ごめん」
「まさみは悪くない」
「三谷さんどうしちゃったんだろう……」
「分かんない。けどもし三谷に声をかけられたら無視していいから。あと怖い目に遭いそうになったら俺に連絡すること。いいな? 」
晴人は今までにないほどの真剣な表情でまさみに言い聞かせた。
「うん」
まさみが頷くと、晴人は空気を変えるようにおどけた口調になった。
「でも夫と夫の元カノを会わせるか? 」
「だって! 晴人の店に行ってみたいって言われたから……」
「そういうお人好しの所がいいんだけどな」
「これって褒められてるの? 」
「さあな。そろそろ売上の計算も終わるから家で待ってて。ケーキ食べよ」
「うん。分かった。コーヒーを入れて待ってる」
まさみは二階に上がってキッチンでケーキの箱を開けた。
「うわぁ」
小春に突き飛ばされたせいでショートケーキは見事に崩れてしまっていた。苺は箱にぶつかり、潰れて赤い果汁が箱と生クリームを汚していた。まさみはまるで血みたいだなとふと思った。
晴人は小春に対してすごく怒っていたが、まさみは彼女に対して怒りも恐怖も感じなかった。ただまさみには彼女の怒鳴った声が悲鳴のように聞こえた。晴人はお人好しだと呆れるだろうが、まさみは小春が気がかりだった。
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