第12話 私たち、お祝いされました

 まさみは晴人の家に引っ越してきて二週間ほど経ち、まさみは二人の暮らしにほんの少し慣れた頃に、彼からある相談を受けた。

「沢口が引越し祝いと結婚祝いを兼ねてご飯を食べないかって言ってたんだけど、まさみはいつなら空いてる? 」

「私はいつでも大丈夫だけど……。場所はどうするの? 」

「どうしようか? ここら辺は飲み屋は多いけど落ち着ける店は少ないからな」

「もしよかったら家に招くのはどう? 」

「まさみがいいならいいけど……」

「それじゃあ家でやることに決まり。ご飯はどうする? 沢口さん嫌いな食べ物とかある? 」

「確かパクチーだったかな。それ以外は特にないと思う」

「パクチーなら私も晴人も嫌いだから大丈夫だね」

「お前、ご飯作るの? 」

 晴人は驚いた様子を見せた。

「失礼な。それなりに作れますよ」

 まさみはムッとした顔をすると晴人は首を降った。

「そういうんじゃなくて体調は大丈夫なのか?」

「大丈夫。松岡先生もリハビリも兼ねて無理しない程度に体を動かすようにって言ってたし」

「分かった。料理は頼む。日程はこっちで決めとくから」

「お願いしまーす」

 まさみは明るい声を上げた。


 晴人は信五に連絡すると店の閉店後に彼が家に来ることに決まった。まさみは一日中家の掃除と料理をしていた。店の閉店時間を三〇分程過ぎた頃、家のインターホンが鳴ったのでまさみは玄関のドアを開いた。

「いらっしゃい……。環奈?! 」

「どうも。お祝いに来たよー」

 環奈がニコニコしながらそこに立っていた。

「どうしてあんたが? 」

 まさみが驚いていると環奈の後ろから晴人と信五が顔を出した。

「悪りぃ。店に環奈ちゃんが来たんだ。それでこれから家でメシ食うから一緒にどうって聞いたら是非参加したいって言うから連れてきた」

「私はいいけど沢口さんは大丈夫ですか? 」

「僕は全然いいっすよ! 人数が多い方が楽しいし」

「沢口さんがいいならいいですけど……」

「お邪魔しちゃ駄目かな? 」

 環奈がまた余計なことを言うんじゃないかと不安だったが、彼女が捨てられた犬のような目で見てくるので、仕方なくまさみはドアを大きく開いた。

「いいよ。入って」

「お姉ちゃんありがとう! それじゃあお邪魔しまーす」

 環奈と信五は家に上がった。

 まさみは出来上がった料理をテーブルに置いていった。晴人もキッチンに入ってビールやグラスを用意した。

「お姉ちゃんが全部作ったの?」

「まあね。ネットのレシピを見ながらだけど」

 四人がリビングに集まった。まさみは手術したばかりなのでビールではなくジュースだ。

「それじゃあ乾杯の音頭をまさみさんお願いします」

「あれ? 晴人さんジュースなんですか? 」

 晴人のグラスにはビールではなくまさみと同じジュースが入っていた。

「ほら手術したばっかりだからドクターストップかかってるんだよね」

「晴人はもうお酒と煙草は大丈夫だって松岡先生が言ってたじゃん」

「お酒を飲む気分じゃないから……」

「どういう気分なのよ」

「うるせえな。もう乾杯! 」

 晴人が強引にグラスを上げると、三人もそれにつられてグラスがコツンと音を立てた。

「これ美味いわ! 」

「本当ですか? 嬉しい」

 まさみは信五の言葉に顔を綻ばせた。

「そういえばお姉ちゃんはいつから仕事に復帰できるの? 」

「今度の検診で先生にOKって言われたらだね」

「良かったねぇ。お姉ちゃん仕事好きだもんね」

「まさみさんは営業だっけ? 」

「はい。保険の営業です」

「ハードそうだね」

「最初は大変でしたね。だけど今は仕事大好きなんですよ。だから早く仕事に戻りたくて」

「そうか早く戻れるといいね。環奈ちゃんはどうしてアメリカに住もうと思ったの? 」

 信五は唐揚げを箸でつまみながら聞いた。

「日本よりもアメリカが性に合ってると思ったんですよ」

「なにふざけたこと言ってるの」

 まさみは笑いながら環奈に突っ込んだ。

「本当だよ。私は背が小さくて服も可愛いのが好きだから日本だと舐められやすいんだよね。学生の時はよく痴漢されたりナンパされたもん」

 まさみは自分が学生の頃を思い出した。環奈と一緒に歩いていると、男性にどこか遊びにいかないかと声をかけられることが多かった。また環奈が通学で電車に乗っていた時は痴漢されることが多かったので、両親から背の大きいまさみが環奈のボディーガードを任命されていた。まさみはほとんど男性に声をかけられたり痴漢されたりすることがなく、環奈の気持ちが理解できなかった。まさみは自分が女性だと思われていないようでむしろ彼女に羨ましさを感じていた。しかし彼らは環奈のことを一人の人間としてではなく、ただの欲望をぶつける対象として見ていた。環奈は何度傷つけられたのだろうか。まさみは環奈の言葉でそう思った。

「あと人と話している内になんかイメージが違うって言われることが多くて、嫌だったんだよね。あんた達のイメージなんて知らないよ。ほっといてくれって。だからそういうことを言わない場所だったらどこでも良かったんだよね。それがたまたまアメリカだっただけで……」

三人が黙ったままなのを見て環奈は空気を変えるように明るい声を上げた。

「ごめんね! なんか空気悪くなっちゃった」

 環奈は酔いすぎちゃったかなと言いながら決まりの悪そうな笑顔を見せた。

「そんなことないよ。俺は環奈の話が聞けて良かったな」

 晴人はぶっきらぼうに言うと、ジュースの入ったグラスを口に付けた。


 信五はベランダで一人煙草をくゆらせているとまさみはそっと彼に近づいた。

「今日はありがとうございました。お祝いもありがとうございます。大事に使います」

 信五は有名なブランドのマグカップをプレゼントにして二人に渡した。

「こちらこそありがとう。喜んでもらえて良かった」

 信五は吸っていた煙草を携帯灰皿に押し付けた。

「吸ってて大丈夫ですよ」

「もう吸い終えたところだったから気にしないで。料理ありがとうね」

「いえいえ。こっちが勝手に作ったので」

「すごく美味しかったよ」

「ありがとうございます」

 リビングでは晴人と環奈の大声で話していて、それがベランダまで聞こえる。晴人は環奈に少しよそよそしい様子を少し見せていたが、今はお互いに打ち解けあい、お義兄ちゃんと環奈と呼びあっている。

「あいつさぁ煙草も酒も飲まなかったでしょ? あれまさみちゃんのためだよ」

「えっ? 」

「煙草の煙はやっぱり体に悪いし。まさみちゃんはまだ酒が飲めないのに、飲んでたら悪いと思ったんだろうね」

「そういうこと言えばいいのに」

「そういうヤツだよ。あいつのことよろしくね」

「はい」

「まさみちゃんが思ってるよりアイツはまさみちゃんのこと好きだよ」

「えっ? 」

 信五はニッコリと微笑むと、リビングに戻った。

「はい! そろそろ帰るよ」

「まだいるぅー」

「終電無くなるから帰るぞ」

 環奈は駄々をこねているが信五はテキパキと後片付けを始めた。

「大丈夫ですよ! 私たちが片付けるので」

「いいから。気にしないで」

 信五はある程度片付け終えると環奈を連れて帰っていった。信五と環奈は夜道を歩いていた。

「二人が幸せそうで良かったな」

 環奈は赤い顔で信五に詰め寄った。

「そう? あの二人おかしくない? だって夫婦っぽくなくない? さっき冷蔵庫の中見たら食べ物に名前を書いてるんだよ。合宿所かよ」

「名前を書いた方がわかりやすいからじゃない? 」

「それに信ちゃんがプレゼントしたマグカップ以外はペアのものもないし、二人がイチャイチャしている所見てない。本当にあの二人夫婦なのかな」

「うーん。いろんな夫婦があるからね」

「あの二人何か隠してると思う。その秘密を絶対に暴いてやる」

 二人の秘密を暴こうと意気揚々と歩く環奈を見る信五は困ったように笑っていた。

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