第13話 私たち、遊園地に行きます
「もしもしお姉ちゃん? 」
「環奈どうしたの? 」
まさみは家のソファで座っていると、環奈から電話がかかってきた。
「この前はごちそうさまでした。料理美味しかったよ。あと急にお邪魔してごめんね」
「もういいよ。気にしないで」
環奈の声からしょぼんとした顔が見えた気がしてまさみは思わず笑みが零れた。環奈は余計な一言が多く、遠慮がない所があるが基本的には素直な性格なのだ。
「私、お祝い持っていかなかったでしょ? だから渡したいんだけどいいかな? 」
「分かった。いいよ。晴人にも相談してみるね」
「お願いします! 」
「はーい。じゃあね」
まさみが電話を切ると、風呂から上がった晴人が濡れた髪をタオルでゴシゴシと拭きながらリビングに入ってきた。
「誰と電話してたの? 」
「環奈だよ。この前は手ぶらで急に来てごめんねって。あとお祝いを渡したいって」
「そっか。俺はいつでも平気だけど」
「分かった。環奈にそう伝えておくね」
まさみはスマートフォンで環奈にメッセージを送るとOKというプレートを持ったうさぎのスタンプが送られてきた。
この前、信五と環奈が来た時のように『The High Lows』が閉店して三十分後ぐらいに晴人が環奈を連れて家に戻ってきた。
「おかえり」
「ただいま。環奈を連れてきたよ」
「いらっしゃい環奈」
「お邪魔します! 今度はちゃんとお土産持ってきたよ」
そう言う環奈の手には紙袋があり、まさみは紙袋を受け取るとそこから箱を取り出した。
「もしかしてケーキ? ありがとう! めちゃくちゃ嬉しい」
まさみは満面の笑みを浮かべた。
「お姉ちゃん甘い物大好きだもんね。喜んでもらえてよかった」
まさみが喜んでいる様子に環奈もほっとしたようだった。
「どうぞ部屋に上がって」
「お邪魔しまーす」
テーブルの上にはまさみが作った料理が並べられていた。
「環奈もお腹空いてるだろ? みんなで食べよう」
晴人の言葉に三人は席に着いた。
ほとんどの料理を食べ終えるとまさみは席を立ち、キッチンへ向かった。彼女はケーキを包丁で切ると、ケーキを乗せた皿を晴人と自分の席に置いた。
「あれ? 環奈のケーキは? 」
「環奈ね、ケーキ嫌いなの」
「そうなの? 」
「そうなんだよね。昔からケーキが好きじゃないの」
「子供の時は環奈だけケーキじゃなくておはぎだったもんね。おはぎにロウソク刺して」
「嘘だろ」
「本当だよ。お姉ちゃんはケーキが好きだけど私は甘い物が苦手で和菓子なら食べれるんだけど。私とお姉ちゃんは正反対だよね。似てるところと言えばお酒が好きな所と美人な所ぐらいかな」
「自分で言うな自分で」
まさみが環奈の肩を軽く小突くと環奈はてへぺろと言い舌を出した。
「大事なプレゼント渡すの忘れてた! 」
環奈はバッグの中に手を入れてゴソゴソと何かを探していた。
「プレゼントってケーキじゃないの? 」
「私だってそこまでケチじゃないよ。あった。これ」
環奈はまさみと晴人の前にチケットを入れているような封筒を見せた。まさみはその封筒を受け取ると、封筒から細長い紙を出した。
「何これ? 遊園地のチケット? 」
それは有名なテーマパークのチケットが二枚入っていた。
「本当は温泉のある旅館の宿泊券をプレゼントしようと思ったんだけど手術をして暫くは温泉は避けた方がいいって聞いたから、新婚旅行も兼ねて遊園地はどうかなって思って」
「環奈……」
小さい頃の環奈はまさみのおもちゃやおかずを何度も勝手に取って喧嘩をよくしていたが、こんなにも気を使えるようになったのかと環奈の成長を感じた。まさみは胸に込み上げて来るものがあった。
「その代わりにお願いしたいことがあって……」
「なんでもいいよ! クッキーとかぬいぐるみとか買ってくればいい? 」
「ううん。お城の前で二人がキスしてる画像が欲しい」
おや、風向きが変わってきたぞとまさみは思った。
「環奈は何言ってるの? 」
晴人も同じように思ったのかなんとも言えない表情でまさみに聞いてきた。
「だってお姉ちゃんたち結婚式挙げてないでしょ。私、お姉ちゃんが結婚式で誓いのキス見るのが夢だったの」
「嘘つけ! そんな夢あんたの口から聞いたことないわ!! 」
まさみは勢いよく反論した。
「言わなかっただけでずっと思ってたの」
環奈は拗ねたように唇を尖らせた。
「大体私たちの年を考えろ。アラサーが十代みたいなことできるか」
「みんなしてるよ。ほら」
環奈はスマートフォンを取り出してまさみと晴人に画面を見せてきた。そこにはお城の前でキスをするカップルの画像が画面の中で並んでいた。
「最近はお城の前でキスしてその写真をSNSにアップするのが流行ってるんだよ」
「流行っててもしないからね! 」
「なんでー。夫婦なんだから出来るでしょ。それともキスできない事情でもあるの? 」
「キスが駄目なんじゃなくてそんな人前でやるのがちょっとな……」
その流れはまずい。どうにか話を違う方向に変えなければとまさみは思った。しかし環奈は目をキラキラとさせた。
「それなら今キスしてみてよ」
まさみは想像通りの流れに項垂れた。
「今!? 今はちょっとな……」
晴人は困った表情を浮かべた。
「それじゃあお城の前でしてくれるの? 」
「それもちょっとな……」
晴人は苦虫を噛み潰したような顔をした。しかし環奈はそんな様子の晴人を気にせず、喋り続けた。
「なんでキスしないの? キスできない事情でもあるの? ねぇなんで? 」
「いい加減にして」
まさみは思わず耐えきれず口を挟んだ。
「キスしたくないからしないだけ。理由なんてない。夫婦の事情に他人が口出ししないで」
まさみの強い口調に環奈もカチンと来たのか眉間に皺を寄せた。
「それならチケットを返して。そこまで言われてプレゼントなんて渡したくない」
「いいよ。返すよ! 」
まさみはチケットを環奈に突き返した。
「せっかく渡したのに返す人間がどこにいるの? 」
「はぁ? あんたが返せって言ったから返したんでしょ? 言ってること無茶苦茶だよ。あんた」
「私はお姉ちゃんとお義兄ちゃんのことを思ってプレゼントしたんだよ! 結婚式も披露宴も新婚旅行だって行ってないから、それならそれっぽいことをさせてあげたいと思ってプレゼントしたのに。そんなこと言わなくたっていいじゃん! 」
「だからそこでキスしなくたっていいでしょうが。そんなに私たちがキスしてるところが見たいのか!? 」
「見たい! 」
「なんでだよ?! 」
姉妹喧嘩が激しくなってきたところで晴人が口を開いた。
「分かった分かった! チケットは貰う。遊園地のお城でキスをする。それでいいだろ。だから喧嘩は止めろ」
晴人の言葉に環奈は顔をぱぁと明るくさせた。
「ちょっと晴人! 環奈の言うことを聞かなくていいよ」
「せっかくお祝いしてくれるって言うんだから甘えよう。なぁ? 」
「でもお城の前でキスなんか出来ないよ」
まさみは晴人に囁いた。
「写真撮る時はそれっぽく撮れば大丈夫だよ」
晴人の言葉にようやくまさみも頷いた。
「分かった……。環奈も色々考えてくれたみたいだからチケットは貰うよ」
まさみはテーブルの上にあるチケットを手に取った。
「やった! お姉ちゃんありがとう。大好き。楽しんできてね」
さっきまでの険悪なムードは消えて、環奈はまさみに抱きついた。まさみは渋い顔をしながらも環奈の腕を振りほどこうとはしなかった。
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