第11話 私たち、同棲します
晴人は古着の買い付けで使う軽トラックを運転していた。隣はいつも空席だったが、今日は違っていた。彼の隣にはまさみが座り、軽トラックの中身も買い付けた古着ではなく彼女の家具だった。
「車まで出してもらってごめんね。しかも晴人の家にお邪魔することになっちゃって。本当に申し訳ない」
まさみは頭を下げた。彼女は退院の後、今まで借りていたマンションを解約して、晴人の店舗兼家に引っ越すことに決めた。
「別にいいけど荷物はこんなに少なくていいの? 」
「大丈夫。元々、颯太と一緒に暮らす予定だったから荷物は予め整理してたの」
「なるほど……」
晴人は口を閉ざすと運転に集中した。晴人は軽トラックを数分走らせると古着屋に到着した。古着屋には『The High Lows』という看板がかけられていた。晴人は好きなバンドから名前を拝借し、店名にしたと店を開く時に言っていた。その日は定休日だったので店の入り口にはシャッターが下ろされていた。晴人は軽トラックを駐車場に停めると、二人は軽トラックから降りた。彼はシャッターを勢いよく上げて、店に繋がるドアを開けた。
「沢口、いる? 」
「おかえりー」
店の奥から一人の男性が出てきた。
「副店長の沢口信五」
晴人はまさみに信五を紹介した。
「初めまして。『The High Lows』の副店長をやってます沢口信五って言います」
信五は目元をくしゃっとした笑顔を浮かべた。
「初めまして。戸山まさみと申します。いつも晴人がお世話になっております」
「こちらこそお世話になっております」
まさみが頭を下げると、信五も同じく頭を下げた。
「私が入院している時、色々とご迷惑をお掛けしたみたいで本当にすいませんでした」
まさみは信五に深々と頭を下げると、信五は首を横に振った。
「全然気にしてないので、頭を上げてください! 困った時はお互い様ですから。それよりまさみさんは体調はもう大丈夫ですか? 」
「はいお陰様で」
「それなら良かった」
信五は先程と同じように目元をくしゃっとさせて微笑んだ。
「良かったな晴人! こんな素敵な人がお嫁さんになってくれてなぁ」
信五は晴人の肩に腕を回した。
「うるせぇな。離せよバカ」
晴人は憎まれ口を叩いているが、信五を心から信頼していることがまさみにはわかった。
「それより仕事は終わったのかよ」
「ちょうどさっき終わったよ」
「それならさっさと帰れ帰れ」
「うるせえな。引越しを手伝ってやろうと思ったの」
「そんな申し訳ないです。荷物も少ないんですぐ終わるので大丈夫です」
まさみは勢いよく首を振った。
「それならなおさら手伝いますよ。二人でやるより三人でやった方が早く終わるから。ねっ! 」
「コイツ体力が有り余ってるから任せても大丈夫だよ。それにまさみはまだ本調子じゃないしお願いしよう」
「それじゃあ……。お願いします」
まさみは頭を下げると、信五は腕捲りをした。
「よっしゃ! ガンガン運ぶぞ」
まさみの荷物が少ないこともあったが信五の働きもあって引越しは三時間も掛からずに終わった。荷物を運び終えると信五は結婚祝いと引越し祝いを兼ねて食事会をしましょうと言い、帰っていった。
「信五さんって面白い人だね」
「ああ」
「今日から一緒に住む訳だけど、色々なルールを考えた方がいいんじゃないかって思うの。だからこれ」
まさみはバッグの中からノートを取り出した。
「何それ? 」
「このノートに一緒に暮らす上で必要なルールを書くのはどうかな? 例えばお金のこととか」
「なるほど……。確かに大学からの付き合いだけど赤の他人が暮らすことになると色々と生活のルールは違うから決めた方がいいかもしれない」
「それじゃあ早速決めていこう」
まさみはノートの表紙を開いた。
二人は光熱費や家賃はどうするのか、家事の分担などを決めて、ルールをノートに書き込んだ。光熱費や家賃は折半することが決まった。まさみは残業が多いので食事は晴人が作ることに決まった。洗濯は二人分をまさみがすることに決まった。
「ルールはこれで大丈夫かな? 」
「大丈夫だと思うけど……。あっ、大事なこと決めるの忘れてた! 」
まさみが晴人に聞くと、彼は声を挙げた。
「えっ、なに?」
「冷蔵庫に入れた食べ物に名前を書く」
「合宿所じゃないんだから。他に大事なことあったでしょうが。でもルールに書いとくか……。名前が書いてない食べ物は共有するってことでいいよね」
「うん」
まさみはノートに『食べ物は名前を書く。書いていない食べ物は共有する』とルールを書き足した。
「ねぇ。もしお互いにもしくは一方に好きな人が出来たらどうする? 」
「そうか。全く考えてなかった」
晴人は天井を仰ぎ見た。
「契約結婚とはいえ実際に籍は入れてるし、他の人と付き合ったら不倫になるよね」
「そうなるよな……」
「お互いが納得してても他の人から見たら不倫だよね」
「そうだな……」
二人は考え込んだ。晴人は何かを思いついたようだった。
「とりあえず一年はこの状態を続けるのはどう? もしこの一年間に好きな人が出来てもアクションは起こさない。一年間経った後で離婚をしてから好きな人に告ればいいんじゃない? 」
「そうだね……。それがいいかも。一年経ってから離婚するならそこまで周りに文句は言われないし。今はバツイチも多いから離婚してもそこまで問題はないか」
「それで行こう」
まさみは突然クスクスと笑い出した。
「なんだよ急に? 」
「結婚したばっかりなのに離婚の話をしているなんておかしいなって思って」
「それもそうだな」
「あっ、そうだ! 」
「なんだよ。ほかにまだあるのかよ」
まさみはバッグの中から封筒を取り出し、封筒を晴人に渡した。
「なんだよこれ? 」
晴人が封筒の中を見るとそこには札束が入っていた。
「百万入っている」
「どうしてこんな大金? 」
「そのお金は肝臓をくれた謝礼。ネットで調べたら裏の世界だと肝臓って三百万で売り買いされるんだって。三百万なんて大金はないからとりあえず百万で。必ずお金は渡すから今はこれでお願いします」
「そんな大金もらえねぇよ」
晴人は封筒をまさみに突き返した。
「だけど約束したでしょ。健康な体にメスを入れるんだからお金を渡すって。お願いだから受け取って」
まさみはもう一度晴人に封筒を渡した。晴人はその封筒をしばらく見ていた。
「分かった。これは受け取る。その代わり受け取って欲しいものがある」
晴人は立ち上がるとリビングボードの引き出しから小さい箱を取り出した。小さい箱をまさみの前に置いた。
「開けてみて」
「うん」
その箱の中には全く装飾されていないシルバーのリングが二つ入っていた。
「これって? 」
「一応。結婚指輪。契約結婚だとしても指輪は必要だろ。安いやつで悪いけど」
「ううん。嬉しい。大事にする」
まさみは箱に入っていたリングを一つ取ると指にはめた。
「どう似合う? 」
「似合ってる」
「晴人も指輪を着けてよ」
「分かったよ」
晴人も左手の薬指に指輪を着けた。二人の指には銀色が輝いていた。
「今日からお世話になります」
「こちらこそお世話になります」
二人は頭を下げた。二人の偽装結婚の生活が始まった。
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