第4話 私、ブライダルチェックを受けました

「それでブライダルチェックを受けたんだ? 」

 まさみと晴人はいつものようにガヤガヤと騒がしい居酒屋で飲んでいた。

「うん」

 まさみはビールに口を付けた。

「結果はいつ分かるの? 」

「明後日」

「何もなければいいな」

「ありがとう」

「それにしても、彼氏の母親はクソババアだな」

「そんなこと言わないでよ」

「それじゃあどう思ってんの? 」

「どう思っているかと聞かれると……。クソババアかな」

「お前もそう思ってるんじゃないか! 」

 晴人が突っ込むとまさみはケタケタと笑い出した。まさみのいつもと同じ様子に晴人は安心した。

「でも結婚ってなるとこうやって飲めなくなるな」

「そうだね」

 まさみは目を伏せた。

「俺と飲めなくなると寂しくなるだろ」

「寂しくないわ!」

 今度はまさみが突っ込む番だった。二人は笑いながら何回目かの乾杯をした。


 まさみは病院の待合室で少し緊張した面持ちで待っていた。今日はブライダルチェックの結果が分かる日だ。看護師に名前を呼ばれたので診察室に入った。部屋には女医が座っていてまさみも椅子に座った。

「ブライダルチェックの結果なんですが、直接妊娠に関係する病気は見つかりませんでした」

「本当ですか? ありがとうございます」

 女医の言葉にまさみは一安心した。

「ただ肝臓の数値が良くないです」

 まさみは念のためにオプションで肝臓と腎臓の検査もしていたのだが、まさか肝臓の検査で引っかかるとは思わなかった。

「今回行った検査は簡単なものだったので、ちゃんとした検査をしましょう」

「分かりました」

 まさみは不安を感じたが、大したことはないはずだと不安を打ち消した。


 まさみは颯太が忙しくない時を見計らって電話をすると、颯太はすぐに電話に出た。

「もしもし今大丈夫? 」

「大丈夫だよ。どうしたの? 」

「今日病院に行ってきた」

「今日が検査の結果が分かる日だったね。どうだった? 」

「妊娠に関係する病気はなかったよ」

「よかった」

「でもね肝臓がよくないかもしれないって……。どうしよう何か悪いところが見つかったら」

 まさみは不安を打ち消そうとしたが、颯太の前では弱気になった。

「大丈夫だよ。まさみはまだ若いし、病気なんて見つからないよ」

 颯太は明るい声でまさみを励ました。

「うん」

「絶対に大丈夫だから」

「ありがとう」

 まさみは颯太の声で安心した。颯太がそう言っているなら病気なんてあるはずがないとそう思った。


 まさみはすぐに肝臓の精密検査を行った。精密検査をして一週間後に検査の結果を聞きに行った。

「初めまして。松岡と申します」

 まさみが診察室に入ると男性医師が待っていた。松岡はまさみに椅子に座るように促した。

「検査の結果ですが肝臓に病巣が見つかりました」

 松岡は病気の説明をしているが、まさみの耳には全く入ってこなかった。まさみはまるで自分が無声映画を観ているような気分になった。

「何か聞きたいことはありますか? 」

 松岡が聞いてきたことでようやくまさみは我に返った。

「病気は治るんですよね? 」

「肝臓移植をしなければ助かりません。移植には亡くなった方からの臓器提供と親族からの臓器提供の二通りありますが、亡くなった方からの臓器提供には移植希望者が多いので時間がかかります。なので家族や親族からの臓器提供のほうがいいと思います。まずはご家族に相談してください」

「分かりました……」

 まさみは診察が終わると家に帰った。まさみは部屋の真ん中に置かれているソファに座った。家族にまず話さないといけない。でもなんて説明をすればいいのかまさみには分からなかった。娘の結婚を本当に心から喜んでいる家族に肝臓に病気があるのが分かった。移植が必要だなんて説明できるわけがない。家族だけじゃない颯太にも話さなければいけない。まさみは自分が颯太の負担になるんじゃないかと思うと、不安で仕方なかった。まさみは勇気を出して颯太に電話を掛けたが颯太は電話に出なかった。まさみは仕方なくスマートフォンをテーブルに置こうとしたら、手の中の機械が震えた。彼女は颯太が電話を折り返して来たと思い、画面を見ないで電話に出た。

「もしもし! 」

「俺だけど」

「なんだ晴人か……」

 電話の相手は晴人だった。まさみは思わず力が抜けた。

「画面を見なかったのかよ。まあいいや。今日は暇? 飲みに行かねぇ? 」

「悪いけど無理」

「なんでだよ。体調でも悪いのかよ」

 まさみの声は震えた。

「肝臓に病気が見つかった。移植しないと助からないって」

「冗談止めろよ」

 晴人は珍しく怒っているような声だった。

「冗談じゃないよ。こんなタチの悪い冗談なんか言わないよ」

「そうだよな……。ごめん。家族と彼氏には伝えたのか? 」

「まだ.........」

「早く言った方がいいよ」

「分かってるよ。でもなんて言えばいいの? 肝臓に病気が見つかりました。肝臓をくださいって? 無理だよ。颯太だって私を支えてくれるだろうけど颯太の重荷になりたくない」

 まさみは晴人に思ったままの感情をぶつけた。

「俺はそのまま言えばいいと思う。高橋はさっき彼氏の重荷になりたくないって言ったけど、彼氏はお前のことを重荷だって思うわけないだろ」

「どうしてそう思うの? 」

「好きな人間を支えることを重荷だなんて思うわけない。むしろ支えられることを嬉しく思うんだよ。それが人を好きになるってことだろ? 健やかなるときも、病めるときも側にいたいって思うから結婚するんじゃねぇの? 」

 晴人の言葉にまさみは一瞬間をおいてから口を開いた。

「晴人って意外とロマンチストだったんだね」

「なんだよ。笑うなよ」

 まさみはふふと笑い声を漏らした。その声に晴人は安心したように微笑んだ。

「ありがとう。みんなにちゃんと報告する」

「うん。頑張れ。絶対大丈夫だから。お前はいつも悪運が強いから」

「そうだね。頑張る」

 まさみは電話を切ると、大切な人たちになんて説明をするか考えた。しかしまさみは晴人の話すより前より心は晴れやかだった。



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