第4話

「そいで、ここまでやって来た訳ですけれど」

「そいで?」

「え。そいでって言いません。そいでって」

「どういう意味で?」

「だから、そいで、って」

「それで、ってこと?」

「そうとも言いますね」

「おい、ブレブレ過ぎるぞ」


 そういう訳で。

 神界神社までやって来た二柱である訳だが――、その雰囲気に溺れそうになっていた。

 何故なら、人間で大盛り上がりになっていたからである。

 神界は、文字通り神様が住まう世界でもあるが、人間が一定数住んでいる世界でもある。しかしながら、人間と神様の間には絶対的な格差がある。

 例えば、神様は神様として存在することが出来る(しかしながら、それには人間の『信じる心』が必要である)が、人間は神様の、ひいては『オオヤシマ』の裁量によって判断される。とどのつまりが、オオヤシマに必要ないと判断されれば、その人間の魂は天国ないしは地獄に連れて行かれる、ということになる訳だ。


「……それにしても、どうしてこんなに人間が多いんだ? 神界中の人間が集まっているような、そんな感じがしてならないが」

「その通り。今ここには神界中の人間が集まっている。まあ、仕事の都合で集まることが出来なかった人間も居るが、それについてはノープロブレム! 実際問題、何も問題はないって訳さ!」

「あなたは……」


 突如、スサノオとヤタガラスの前に姿を見せたのは、青年だった。

 ただの青年ではない。その青年の腰には、大きな刀が見える。

 そう。それは、ただの刀ではなかった。

 天叢雲剣あまのむらくものつるぎ

 ヤマタノオロチから取り出したと言われている、神の剣、そのものだった。


「……ということはお前が!」

「そうさ。僕の名前は、……まあ言わなくても分かるか? ニニギだ。僕の名前は、ニニギ。ということは君達が、スサノオとヤタガラス? 随分と若いように見えるが」

「それはお前も同じだろうが、ニニギ。神の剣を奪いやがって、お前どうしてそんなことをしたんだ!」


 スサノオは腰に携えていた小刀を取り出す。


「ははっ! それで僕を斬るつもりかい? その何の変哲もない小刀で!」


 ニニギは笑いながら、そう言った。

 出来る訳がないと思っていた。

 出来る筈がないと思っていた。

 だからこそ、なのかもしれないが。

 スサノオは少し怯えていた。

 何に?

 答えは簡単だ。――神の剣、天叢雲剣に、だ。

 天叢雲剣はどんな物だって切り裂くことが出来る、と言われている。あくまでも言われているだけに過ぎないその代物を、ほんとうに振り回す機会が訪れるとは思いもしなかった。

 現に、過去にヤマタノオロチからその剣を引きずり下ろした――いわゆる『補完』をした後は、オオヤシマで大事に保管していたのだ。

 しかしながら、オオヤシマに入る権限を得ていたニニギが、今回その剣を奪取した。

 それについては――いくつか質問しないといけないことがあったのだけれど。

 それよりも今は、このニニギを何とかして懲らしめてやらないといけない、と思っていた。


「いいよ、いいよ! そのためにこの人間達を集めたんだ。僕は、僕のために! 剣を振るうと決めた。それは、今も変わらない。変わる筈がない。変わる訳がない! だからこそ、僕は今日までずっと生き続けたのかもしれないのだから! 答えは見えてこない、答えは見える筈がない。それは誰にだって分かっている! そうだろう。だからこそ、凱旋だ! これを成し遂げたことによって、僕は、僕の皮を一皮むくことになるだろう!」

「お前、何を……?」

「ゲームをしよう、スサノオ」


 ニニギはそうはっきりと言い放った。


「ゲーム、だって?」

「ああ、簡単な話だ。今から僕と君が戦って、勝った方が神の剣を持ち帰る。君が勝てば、オオヤシマにでも何処にでも返せば良い。ただし、僕が勝利したら神の剣は僕の物だ」

「何を言っているんですか、ニニギ! あなたがそれを言う権利はないはずですよ!!」


 ヤタガラスの言葉に、ニニギは答えない。

 いや、それどころか――寧ろ笑みを浮かべていた。


「……何を言っている? 所詮、神の使いに過ぎないただの鴉が。何を言っているんだ?」

「……それは、あなただって同じのはず。所詮、あなたはオオヤシマに入る許可を貰えただけの外様に過ぎない。ただの神様、といえばそれまでですけれど」

「ただの神様、か! はははっ! 確かにその通りだな!!」


 ニニギの言葉は続く。


「だが、それで良いのかな? ……結局、神様とただの使いには『差』があるんだよ。言わなくてもそれぐらいは分かっていることだろう?」

「もう止せ、ニニギ」

「スサノオ。……ということはやってくれるんだね?」


 ニニギの言葉に、スサノオは大きく頷く。


「ああ、やってやろうじゃないか。その勝負、乗った!」

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