第3話
という訳で、調査に入る訳だが。
「いったい何処を調査すれば良いんだ? それが分かれば苦労しないんだが」
「それはこっちも同じ台詞を吐き出したいところですよー……と言いたいところですが、既に場所は特定出来ています。『秘密クラブ』なるものを作っているらしくて、そこに向かえば良いそうです」
「まるで何処かのアミューズメントパークに行けばありそうな名前だな……」
「それを言ったらお終いです! 場所は、神界の奥地、神界神社のある場所ですね」
「神界神社? 聞いたことないな。そんな神社出来ていたのか?」
「はい。何でも人間の巫女さんを初めて導入した神界唯一の神社になるんだとか。内覧会も行ってきましたけれど、とっても綺麗でしたよ!」
「内覧会とかあるのか……」
そんなことを思いながら、スサノオはさらに話を続ける。
「その神界神社に、秘密クラブがたむろしている、ということなんだな?」
「ええ、まあ、そういうことになります」
「だったら話は早い。急いでそこに向かおう。どうやって行けば良い?」
「一番早いルートはバスになるでしょうか……。あれなら、神界神社前に止まるので」
「よし、それじゃ決定だ。急いでバスに乗るぞ」
そういう訳で。
一路二柱はバスに乗るべく、オオヤシマ前のバス停へと足を運ぶのだった。
※
オオヤシマ前バス停。
「あちいなあ……。あの引きこもり、少しは引きこもってくれねえかなあ……」
「そう言うとへそ曲げてまた天岩戸に引きこもるから辞めてください!」
「だってよ……実際問題そうじゃねえか? 下界だって暑いんだろ? だったら少し引きこもって冷夏にした方が何かと良いんじゃない?」
「冷夏にするとそれはそれで大変なことになるので出来ないんですよ。主に食物的な意味で。クシナダヒメさんが困りますよ」
「それを言うなら豊受の方じゃないか?」
「……ああ、そうでしたね。駄目ですね。私も暑さで頭がやられているのかも」
「この場合って蒸し鶏になるの?」
「……辞めてください。それを言うのは」
「別に食おうとは思っていないだろ! 食おうとは!」
「どうでしょうね? あなたのことだから、私のことも食べようと思っていたんじゃないですか。どっちの意味で、とは言わないことにしますけれど」
「どっちの意味で、って言うから変なことになるんだろうが! ……あー、早くバス来ねえかなあ。このような会話を続けていくのも不毛ってもんじゃないか?」
「それについては同意します。早く来ないですかねえ……」
「時間、今何時だよ?」
「えーと、あと三分ぐらいですよ? 三分なら直ぐ待てば来ますよ! ほらほら」
「何が、ほらほら、だよ。お前こそ何も考えていないような……所詮鳥頭というか……」
「馬鹿にしているんですか、私のこと」
「別に馬鹿にはしていないよ。ただ、気になっているだけで」
「何を?」
「お前、いい加減誰かとくっつけば?」
「……は?」
「こんな危険な仕事続けていないでさ。そろそろ誰かとくっつけば良いじゃん。と言っても、神様の大半は既に結婚しているから、神様とくっつくなら……どうなるんだろう? 一夫多妻制ではないからなあ。不倫って形になるのかなあ」
「不倫とか言わないでくださいよ! 私のやっていることがまったく意味のなさないことに見えてくるじゃないですか!」
「え? 違うの?」
「違いますよ!」
「違うなら、申し訳ないけれど……。でも、くっつく気持ちはあるの?」
「ないと言ったら嘘になりますけれど……」
「だよな。やっぱり。……でも、相手って居るの?」
「居ないですねー。正直、相手を探しに旅に出たい気分ですもん」
「ははは。そりゃ笑いもんだな。もしほんとうにしたら、オオヤシマ中の噂に広がるぞ」
「何がですか?」
「だから、お前が旅に出たら、相手を探しに旅に出た、って言われるから」
「私、そんなこと言って旅に出ませんから! 長期休暇貰って、理由も言わずに旅に出ますからね! 絶対に」
「ふうん、そうなんだ?」
「何ですか、その視線は……。うう、視線が痛い……。早くバス来ないかな……」
「来ないんだから仕方ないだろ。ほら、話続けるぞ」
「嫌ですよう……。そんな話続けたくありませんよう……。あっ! バス来た!」
「え?」
見ると、確かにバスがやって来ていた。
古いタイプのバスだが、まだまだ神界では現役のバスである。
「よしよし、今日もバスは無事に動いているな! ……にしても、いつになったらあのバスアップデートするのかねえ……。別にお金がないって訳でもないだろうに」
「日本の文化じゃないですか? 古い物はいつまでも使えるようにするというか、古い物は新しい物に変えるとそれはそれで面倒になるというか……。そもそも、運転手が古い人ですからねえ」
「おっ。それは運営企業に対するクレームか?」
「クレームとか言っている訳ではないのですが! ですが!」
「……まあまあ、良いじゃないか。普通に過ごしていくことが一番だろ。どれがどれくらいあるかどうかは別として。ま、あとでオオヤシマに文句だけでも言っておこうかな。あのバス、冷房効かないから夏は流石にやばいんだよな……」
「確かに、それもそうですね……」
到着したバスは、入口の扉が開かれる。
そして、開いた入口から中に入る二柱。
「うええ、暑い。運転手さん、暑くないの? この中」
チャリンチャリン、とお金を機械に入れていく。
二人分合計して四百円。何処まで乗っても二百円、というのがオオヤシマバスの数少ない利点だ。
「暑いけれどねえ、バスがこのままだからねえ、仕方ないんだよねえ。……おじさんも水を飲まないと死んじゃいそうだよ。あ、もう死んでたっけな! あはは」
……神界に居る人間は殆どが死んでいる人間である。それを考えた『神界ジョーク』とでも言えば良いだろうか。どちらにせよ、そのトークはどうかと思うのだが。
冷房はこのご時世になってもついていない。そもそもこのバスに冷房が完備されていない、というのが大問題である。きっと多くの神様がクレームを言っているのかもしれない。そんなことを思いながら、二柱はバスの奥へと進んでいく。
バスの中には誰も乗っていなかった。公共事業のバスならこんなものか、と思ってしまうのかもしれないが、いずれにせよ誰も乗っていないのは赤字まっしぐらである。出来ることなら、もっと人が乗って欲しいと思うスサノオであった。
「それにしてもスサノオさんは車の免許取らないんですか?」
「馬鹿。バスがあるのにどうして車の免許取らないといけないんだよ。二酸化炭素がいっぱい排出されるだろ」
「……本音は?」
「面倒臭い」
「ですよねー」
一言で片付けられてしまう、その言動。
スサノオの言動はどうかと思う訳だが、実際、スサノオは神様にしては珍しく、車を所有していなかった。
神様と言っても、別に雲に乗って移動するだとかそういうことはない。神界の大きさはほぼ人間界と変わらない大きさなので、バスか車か電車を利用するケースが殆どなのだ。飛行機? 飛べないことはないけれど、安全技術が確立されていないから駄目です。
「……それにしても、この真夏っぷり、どうにかならないものかねえ……」
「一番の問題は、アマテラス様が出突っ張りなところでしょうか。それが少しでも解消されれば変わりますけれど」
「やっぱりあの女、外に出さない方が良いんじゃねえの?」
「……それ、絶対に本人の前で言わないでくださいよ。間違いなく、本人が困って天岩戸に引きこもりますからね!!」
「良いじゃん、別に今更。もう何回引きこもり騒動起こしていると思っているんだよ。特段、気にする話でもないだろうに」
「そういう問題じゃないんですよ、そういう問題じゃ! アマテラス様が天岩戸に閉じこもったら、それこそ大変なことになるということぐらいは分かっているでしょう!?」
太陽神、アマテラス。
とどのつまりが、彼女が外に出なければ、太陽が外に出ることもない。
裏を返せば、彼女が外に出なければ、雨か曇りになってしまうということなのだ。
「……でも、別に気にすることじゃなくない? 今は人工の太陽光とか人間界で開発されているんだろ? だったら、神様なんて要らないんじゃ……」
「神様不要論を神様の立場から出されたら、それこそお終いな気がするんですけれど!?」
バスは動き始める。
景色が動き始め、やがて二柱の会話も徐々に少なくなっていく。
暑さからだろうか。それとも、もう話すことがなくなってしまったからなのだろうか。
いずれにせよ、二柱の会話は徐々に少なくなっていくばかりであった。
風が気持ち良い。スサノオはそんなことを考えながら、窓の流れる景色を見ていくのだった。
……一方、ヤタガラスはスサノオの横顔を見つめながら、一緒に窓の景色も眺めていく。それについては、何も悪いことじゃないし、別段普通のことだと思うのだが、しかしながら、バスが空いているのだから、別に逆側に座れば良いじゃないか、と思ってしまうのだが、普通に会話をすると考えれば、バスの逆側同士に座っていてそこで話すのも何だか迷惑になってしまいそうであるので、仕方なく一緒に座っている、という訳なのだ。
そう。仕方なく、なのだ。
仕方なく――二柱は一緒に座っているだけなのだ。
だから、そこについては別段討議をする必要など皆無なのである。
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