第2話
神界中心部にある、管理組織『オオヤシマ』。
その一室に案内されたスサノオとヤタガラス。
そしてその二柱の目の前に座っているのは、オオヤシマの最高権力者であるイザナギだ。
「……やれやれ。こういう機会が難しいと言ったから、ヤタガラスにお願いしたはずだったのだがね」
「すいませんっ! どうしてもスサノオさんが話を聞きたいと言い出して……」
「俺のせいかよ。……まあ、良いけれど」
スサノオは身を乗り出して、
「なあ、どうして盗まれちまったんだ? 草薙剣」
「それは今僕達も調査を進めているよ。どのように盗んだのかははっきりしないけれど……盗んだのはニニギということは分かっている。理由は……」
「あいつが残したという文章からだろ。そこまではヤタガラスから聞いている」
「だったら僕が話すことはないんじゃないかな。さっさとニニギから草薙剣を取り返してきてくれ」
「いいや、未だ何も解決しちゃいねえよ。問題は山積みだ」
「何だと……?」
「先ず、どうやってニニギが草薙剣を盗んだのか?」
「それはニニギから直接聞けば解決する話だろう」
「では、ニニギが口を割らなければ?」
「それをどうにかするのが君の役目だ」
「またまたご冗談を。オオヤシマとしては何か動く気はないのかよ?」
「一応言っておくが、神様同士の争いは禁じられている、ということはお前も知っていることだろう、スサノオ」
スサノオはそれを聞いて、口を噤んだ。
神様同士の争いは、固く禁じられている。
理由は、その配下である人間も争いに加担してしまい、大きな宗教戦争に発展してしまう恐れがあるからだ。八百万の神様、を謳っているこの日本という国では、どのような神様であったとしても拒むことはしない。そういう決まりになっている。だったら、それを拒むことなど出来るはずがないのだ。
ということは、神様同士の争いもやはり出来る訳がなく――。
「ははーん、成程。オオヤシマとしてはこの事件、『非公式』に片付けたい、ということだな? だからわざわざヤタガラスを利用して、俺のところに駆けつけるようにした」
「分かってくれるか」
「分からない、とは言えないだろうねえ。こっちだってやることはやっているからな。……商売とまでは行かずとも、それなりの報酬が必要だろうよ」
「報酬については、私個人のポケットマネーで出せる範囲で良ければ出すことにしよう。それに相違ないな?」
「……分かった。それともう一つ」
「?」
「ニニギは殺しても良いのか?」
「――!」
スサノオの言葉に、ヤタガラスとイザナギは何も言えなかった。
何も言うことが出来なかった。
「……冗談だよ、冗談。俺が神を殺せる訳がないだろ。草薙剣を取り返すことが出来れば良い。ただそれだけの話だろ?」
「……何だ、冗談か。驚かせるんじゃない。びっくりしてしまっただろうが」
「申し訳ないです! こういう神だってことは分かっていたのに……!」
「何でお前が謝るんだ、ヤタガラス」
「そうだ。何故お前が謝るんだ」
「いえ、何か申し訳ない気分になって……」
「申し訳ない気分になったとしても、自分に非がなければ謝る必要はない。つけあがってくるだけだぞ? 相手がこのスサノオと私だったから良かったものを」
「何が『この』だよ、イザナギ……!」
「まあ、いずれにせよ君達に解決して欲しいというのは確かだ。いかなる手段も問わない。とにかく草薙剣をこのオオヤシマに戻して貰えれば良いのだ。……良いね? 手段はどうだって構わない。とにかく、草薙剣を取り戻してくれればそれで良い。報酬は私のポケットマネーで出せる範囲で良ければ出すことにしよう。他に質問は?」
「もう一つ、ある」
「何だ。言ってみろ」
「……ニニギは、どうして草薙剣を手に入れたがっていたんだろうな?」
「知るか。それは本人に聞いてみろ。……まあ、可能性として考えられるのは、あれは神器の一つだ。神器を手に入れることで、自らに神器の力を取り込もうと考えていたんじゃないかな?」
「神器の力?」
「神には不完全な存在だって居る、ということだよ。私やスサノオみたいな完全体も居れば、他の神様みたく、一柱だけでは何も出来ない神様だって居る。それはオオヤシマによって力をコントロールしている、と言っても良いだろうね。それを何とかしたかったんじゃないか?」
「何とかすることで、何がしたかったんだ?」
「それは本人に聞くのが一番だと思うがね。それともここで答えの見つからない不毛な言い争いでも続けるかい?」
「……いや、良い。話は以上だ」
「あ、イザナギ様! 冷蔵庫にゆるふわロールケーキ入れてあるので後で食べてくださいね! それじゃ」
そう言って、二柱は部屋の外へ出て行った。
「す、スサノオさん! あの言い方ってないんじゃないですか!?」
「何が?」
オオヤシマの廊下を歩きながら、スサノオとヤタガラスは会話をしていた。
ヤタガラス曰く、
「もっと尊敬とかそういう物を持って話をするべきです!」
しかしながら、スサノオ曰く、
「良いだろ、別に。そういうものをやり合う仲でもねえし。そもそも、俺とイザナギは親子の関係にあるんだぜ。今頃そんなこと言ったって問題ないって。確かに偉いのはあっちかもしれないけれどさ……」
「そう思っているんだったら、少しは尊敬する意思を持ってくださいよー!」
スサノオはふん、と鼻で笑った。
それだけのことだったのかもしれない。
それだけのことで、良かったのかもしれない。
いずれにせよ、今の二柱に決められることではないのかもしれない。
「……という訳だが」
「はい?」
「お前。ニニギが何処に居るのか知っているか?」
「……ええっ? 見当もついていないのにいきなり外に飛び出したんですか!?」
「仕方ないだろ!! あの状況でニニギの場所を聞き出せるかよ!!」
「……それもそうかもしれませんが。あー、面倒ですね。面倒。ほんとうに面倒ですよ。こんなんだったら最初からイザナギ様に話を聞いておくべきでした……」
「お困りのようね」
そう言ってきたのは、ふよふよと浮いていた一人の女性だった。いや、女性の神様、と言えば良いだろうか?
「誰かと思えば、アマテラスじゃねーの。いったいどったの? 暇になった?」
「いや、暇なのは暇なんだけれどね……。そろそろ下界に降りたいと思っても下界に降りる申請がなかなか下りないのなんの」
「そりゃそうだろ。あんた太陽神なんだから。何かあったらこの国から太陽消滅だぞ? そんな簡単に外出許可が下りるかっての」
「良いわよねえ、あんた達は外にホイホイ出られるんだから。……まあ、その代わりに便利屋みたいな請負をしているのかもしれないけれど」
「便利屋ねえ。言い得て妙だ」
スサノオはアマテラスの格好を見て、せせら笑う。
「良いもーん。私はその気になれば天岩戸に引きこもるから……」
「だからそれを辞めろって言っているんだよ、お前!」
スサノオの言葉を聞いて、あっ! と手を叩くアマテラス。
「今からまた地上に降りるんでしょう? だったら冠天堂のゆるふわロールケーキ買ってきてよ!」
「残念でした。しばらく地上に降りる用事はありません。あとついさっきゆるふわロールケーキ食ってきたばかりだから今日は行かないぞ、少なくとも」
「明日には行くかもしれないんですね……?」
「何よー。行くなら言っておいてよ。それともイザナギにはゆるふわロールケーキを購入してあるのかな?」
「そりゃ親父殿との面談だからな。挨拶代わりに買ってくるよ」
「良いわねー。ほんとうに羨ましいわ。ああっ! 私も地上に降りることが出来れば!」
「だからまともに引きこもり属性を治せば何とかなるんじゃねーの? 良く分からないけれど」
「そんなもんかねえ?」
「そんなもんだろ」
そう言って。
三柱はまた何処かへと歩き出すのだった。
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