第三話 「神の剣」紛失事件
第1話
冠天堂。
世間でも有名な和菓子メーカーである。
そこに売られている『ゆるふわロールケーキ』や『ゆるふわロールケーキパフェ(名前が変わったような変わっていないような気がするのだが、少なくともマイナーチェンジしたのは間違いない)』が発売され、毎日たくさんの数が売られている。
その売り文句は『神様も美味しいと喜ぶ、ロールケーキ』である。
人間にとって、神様がほんとうに居るのかどうか分からない――なんてことを思っているのかもしれないが、少なくとも人々はその文句を普通に受け取っているようだった。
「……それにしても、何というか、上手い売り文句だよなあ。『神様も喜ぶ』だって。ほんとうに神様に聞いたのかね? あ、ゆるふわロールケーキパフェ二つで」
「……それを言っちゃあお終いじゃないですか? あ、アイスコーヒーも二つお願いします。何せ、神様なんて存在は、『私達が見せようと思わせない』限り、見える存在じゃないんですか。今回みたいに」
「……それもそうだなあ」
「取り敢えず、来るまでの間、話進めちゃいますね。えーと、何の話でしたっけ?」
「忘れるなよ。えーと、お前が持ち込んできた話だろ。ってことは『オオヤシマ』関連?」
オオヤシマ。
忘れた人に説明しておくと、神界――神様が住まう世界のことを指す――の管理組織のことを言う。リーダーをイザナギが務めており、その配下に数々の神様がいるのだが、まあ、それはいつか話すことになるだろう。……いつになるかな?
「そうですそうです。そのオオヤシマについてなんですけれど」
そう言って、彼女は翼をはためかせる。
そう。
彼女には、黒い翼が存在する。
ヤタガラス。
神を導く鴉の名前だ。そして、その鴉が今神様である彼――スサノオを導いている、という訳だ。
何処からかでかいファイルを取り出して、
「えーと、何処から話せば良いのやら……」
「時間はたっぷりある。話を上手く説明してくれ」
「はい。それじゃ、単刀直入に言いますね?」
「ああ」
「草薙剣が行方不明になりました」
「……何だって?」
「だから、草薙剣が」
「いや、それは分かっている。……俺が一生懸命救出した、あの草薙剣だよな?」
「はい。そうです。あの、草薙剣です」
「マジかよ……」
彼は溜息を吐き、お手拭きで顔に出た汗を拭く。
「ゆるふわロールケーキパフェとアイスコーヒー、お待たせしましたー」
間延びした店員の声を聞いて、彼らは上を向く。
店員が二人の目の前にゆるふわロールケーキパフェとアイスコーヒーを置いていく。
ちなみに、店員含め一般人にはヤタガラスの翼もスサノオの剣も見えない。これはカモフラージュをしているためである。魔術の類い、と言うと日本神話に大きなダメージが与えられてしまうが、はっきり言ってしまえば、そんな感じである。
要するに、気にしたら負けというものだ。
「取り敢えず、草薙剣が行方不明になった……とは言うけれど、見立てがついているのか?」
「それがついていないんですよねえ、まったく」
ロールケーキを一口頬張りながら、ぶつくさ文句を垂れるヤタガラス。
「いや、冷静に言っているように見えて実は大変なことだってことは理解しているよな? あの剣がなくなったら、この国の成り立ちが根幹から覆されることになるかもしれないんだぞ」
一言で言えば、三種の神器。
今では皇族に受け継がれている神器だが、その神器はレプリカとして保管されており、本物は神の住まう世界に保管されている。
何故か?
人間に与えてしまうことで、神にも近い力を得てしまうからだ。もともと、神が人間を作ったように、人間が別の動物を作ることや、世界のルールを定めることも出来てしまう。いや、実際は出来ているのだが。
「……とにかく、それを探さないとオオヤシマとしても一問題として扱われている訳でして」
「だろうな。神器の紛失なんてそんなもの、おおっぴらに明かされたらそれこそオオヤシマの権威は地に落ちる。いや、もしかしたらそれを狙った一派の攻撃か……?」
「そういう訳で、スサノオさんにはここに向かって欲しいんですよ」
「ん?」
「ニニギの名前は知っていますか?」
「ああ、知っているよ。そいつがどうした?」
「ニニギが草薙剣を奪った、という噂が流れ始めています。オオヤシマの中に」
……何とピンポイントな噂だろうか。
そんなことを考えたスサノオだったが、先ずはアイスコーヒーで頭を冷やそうと一気に口に含み入れた。ガムシロップを入れていないアイスコーヒーはとても苦かった。そりゃそうだ。甘いものを口に入れて、コーヒーを飲む。そのバランスがちょうど良いという代物なのに、いきなりコーヒーだけ飲んでも意味がない、と言えば良いだろう。
「……イザナギの見解は?」
口の中の苦味を消すために、ロールケーキを一口。
「イザナギ様の見解は、ニニギがやはり奪ったのではないかという結論に至っています」
「証拠は?」
「実は、このようなものがイザナギ様に届けられています」
手紙だった。
それを手渡されたスサノオは、よくよく一文を噛み砕くように読み進めていく。
「なになに。……神の剣は私が奪った。帰して欲しくば、まほろばの里までやってこい」
「……それが、ニニギが出した物であると言われています。筆跡も一致していますから、間違いないかと」
「だったら、俺が出る出番なんてないだろ。……オオヤシマにも軍はある。それに神様だってたくさん居る。ネゴシエーターだってたくさん居るはずだろ。そういう神様を使って、ニニギから草薙剣を奪い返せば良い」
「それが……問題なのですが……」
二枚目がある。
手紙には、まだ続きがあった。
スサノオはぺらりと続きをめくり、さらに読み進めていく。
「なになに。神の剣に誰が相応しいか、対決をしたい。是非オオヤシマでも随一の剣豪を連れてくること」
アイスコーヒーを一口飲んで、スサノオ。
「……何だよこれ」
それを聞いて、ヤタガラスは肩を竦める。
「まあ、そうなりますよねえ」
「そうなりますよねえ、じゃねえよ。そりゃ、そうなるのが当然だろ!? いったいあいつが何を企んでいるのかさっぱり分からないけれど……、なに? 剣豪と戦いたいだけ? そのためだけに、神の剣をオオヤシマから奪い取ったって訳?」
「そうなんですよ。ええ、まったく困った話だというのは思っています」
「いや、困った話で解決されても困るんだけれど!?」
「……落ち着いてください、スサノオさん。幾ら私の『術式』が有効だとはいえ、五月蠅い客であることは認識されてしまいます。ですから、もう少し、トーンを落として」
「あ、ああ。そうだったな。……それで、それを俺が引き受けろ、と?」
「やはり、オオヤシマで随一の剣豪というのがなかなか見つからず……。居るとしたら、スサノオさんが一番だろうと」
「誰が言った?」
「イザナギ様が」
「だろうな……」
ロールケーキにアイスクリームを載せて、それを口の中に放り込んだ。
「……受けるしかねえんだろうな」
「ないですね。受けなければ、永遠に神の剣はニニギの物になります。ニニギが何をしようとしているのか分かったものじゃありません。エピソードとして有名でしょう? 彼が、妻に『自分の息子なら火が付いた場所でも生まれるはずだ』と言って火を付けたエピソードは」
「あれ、エピソードと言って良いのかな……。うん、でもまあ、有名であることは確かだ。はっきり言って何をしでかすか分かったものじゃない。だったら、さっさとやるしかない、ってことか……」
「そういうことです。分かっていただけましたか」
「分からざるを得ないというか何というか……。でも、やらないといけないのは分かったよ」
最後のプリンを食べ終えたスサノオはそれをアイスコーヒーで流し込む。
「……先ずは、イザナギの話を聞かねえとな」
そう言って。
彼はゆっくりと立ち上がった。
「……何話終わらせようとしているんですか。まだ私食べ終わっていないんですけれど!」
「あ、そうだった」
彼は再び座った。
何だか、上手くいかねえな……なんてことを思いながら、彼は窓から外を眺め、ヤタガラスがゆるふわロールケーキパフェを食べ終わるのを待つのだった。
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