第6話


 秋山夜音は笑みを浮かべて単純で明確な解答をたった一言で示した。秋山夜音の笑顔はたとえ演技と言われても信じることが出来ない。まさに狂っている(マッド)。マッドな人間だった。


「そもそもよくここまで辿りついたというか。遅かったというかそんな感じよね。カミサマと巫女しか来ないという寂れた場所にどうしてこうしてきているのか……そんなことを気にしない時点でおかしな話」


 饒舌だった。

 饒舌に夜音は語り始めた。


「なぜだ! なぜアメノトリフネを殺した!」

「何故? 理由なんて必要なのかしら。そもそも理由があったら人間もカミサマも動物も殺していいのかしら。ねえ、どうなの? ずっと探偵をやってきていて思ったのよ。毎回人間は人を殺している時に、理由を言う。だけど気になるのよ。どうして理由をつけているのか、って。それは人間を殺した、という行為に対しての正当な理由をつけたいだけの、ただの言い訳に過ぎないんじゃない? 私は思う。だからやった」

「ふざけるなっ!!」


 ダン! とフツヌシがテーブルを叩く音が別邸に響く。


「それじゃアメノトリフネは……なんの理由もなく、殺されたとでも言うのかよ……!」

「ええ。理由なんて、動機なんて、結局は必要ない……!」


 そう言って。

 素早く夜音は銃を取り出し、照準を合わせ撃った。

 銃弾はスサノオに命中する。


「スサノオさん!」


 ヤタガラスが、フツヌシが、タケミカヅチが、三途川伊織が、三途川香織が、スサノオの方を一瞬見た。

 それだけ、その僅かな時間だけ。

 それと同時に、扉が閉まる音がした。


「……くそっ!」


 最初にそのことに気がついたのはフツヌシだった。

 秋山夜音は――忽然と姿を消していたのだった。





 ここに、『アメノトリフネ殺神事件』は多くの謎を残したまま終了となった。容疑者である秋山夜音は警察に指名手配などするはずもなく、オオヤシマの管轄となった。フツヌシとタケミカヅチはアメノトリフネが死んだショックによりお互い神社に引きこもっているのだという。それを聞いたアマテラスは笑っていたが、そこにいる多くの神々は「あんたが笑える話じゃないでしょう」とツッコミを入れたくてたまらなかった。

 そしてその事後処理が大方片付いて――スサノオとヤタガラスは冠天堂フルーツパーラーにてロールケーキを食べていた。


「それにしても珍しいな。ヤタガラス、お前が奢るとは」

「えへへ。正確には私じゃないんですけどね。私じゃない、もう『ひとり』が指定して、食べたいからここにしてくれと呼んだのです」


 もうひとり? その言葉を聞いてスサノオは首を傾げる。いったい、ここを知っていてスサノオに会いたい人間など居るのだろうか――彼はそう考えていたからだ。

 そして、その人間が姿を現した。

 正確には、二人と一柱だった。

 片方は黒い長髪の巫女、三途川伊織。

 そしてもう一人は――。


「秋山夜音――!」

「やっほ。元気していたかな?」


 秋山夜音が、あの時の格好とまったく同じそれで、スサノオの前に姿を見せていた。

 そのとなりにはタケミカヅチもいた。


「タケミカヅチ、ヤタガラス。これはいったいどういうことだ」

「まあまあ。先ずは話を聞いてくれよ」


 そう言ったのはタケミカヅチだった。


「どういうことだ?」


 スサノオがそれに疑問を投げかける。


「簡単に言えば『トリック』だ」


 言ったのは夜音だった。夜音はタケミカヅチの隣に腰掛けると電子タバコを手にとった。


「いい? これから驚愕の事実をてんこ盛りで告げるけど、決して驚かないこと。だってここは店だからね」

「……どういうことだ?」

「こういうこと」


 そう言って夜音は、その隣にいた三途川伊織の身体を『引き裂いた』。


「……は?」


 そのことに、彼は最初理解できなかった。

 しかし直ぐに彼は事実と対面し、それを認めざるを得なくなる。

 三途川伊織の皮を被っていたのは、また別の存在だった。

 そしてその存在は、彼も知る存在であった。


「……アメノトリフネ?」



 ――アメノトリフネが、笑顔でそこに座っていた。



 その事実を理解するのに、数秒はかかった。


「まあ、驚くのも仕方ないね。これは君には秘密にしていたことだから。無論、ヤタガラスにもね」


 そう。

 驚いていたのはスサノオだけではない。一緒にロールケーキを食べていたヤタガラスも、だった。


「ごめんね、ヤタガラス。隠すつもりは無かったのだけれど、こうしないと『彼』を騙すことはできなかったんだ」

「彼、って……フツヌシのことか」


 タケミカヅチは水を一口呷る。


「そうだよ、その通りだ。フツヌシには彼女のことを諦めて欲しかったんだ」

「どうしてだ。そこまで言うならきちんとした理由があるんだろうな」

「もちろん。ストーカー被害を受けていたんだよ、彼女は」


 ストーカー。

 それを聞いてスサノオは思わず吹き出しそうになった。神、それも剣の神として知られ、厳格なイメージを人々から持たれるフツヌシがアメノトリフネをストーカーしただと?


「ああ、そうだよ。言葉にするのも避けたいレベルだが……、フツヌシはアメノトリフネのことが好きだった。好きだったゆえにストーカーに走った。告白もしたらしいが、一度アメノトリフネが断った」

「……どうしてなんだ? 断るくらいだから、何か理由があるんだろう?」


 こくり、とアメノトリフネが頷く。

 アメノトリフネは顔を赤らめながら、言った。


「わたし……ミカヅチくんのことが好きなんです」

「……えっ?」


 時間が停止したように思えた。スサノオとヤタガラスはそれを聞いて、最初何を言ったのか理解できなかった。

 タケミカヅチは溜息を吐き、話を続ける。


「とまあ、こういうことで」

「何がこういうことで、だよ! つまり、あれか? 俺たちは恋の三角関係をどうにか壊すためにやってきたってことかよ!」

「まあ、強ち間違いではないかな」

「ヤタガラス!」


 スサノオは隣に座っていたヤタガラスの顔を見る。

 ヤタガラスも何が起きたのかあまり理解できておらず、スサノオの顔を見つめるだけだった。


「おまえ、このことを知っていたのか?」


 スサノオの質問に首をブルブルブル!! と震わせる。


「いえいえ! そんなことはありません、有り得ません! 私は一切知りませんでしたし、知り得ませんでした! そもそも私が頼まれたのはアメノトリフネを救出したいというタケミカヅチからの報告があっただけで……」

「それであるものを依頼したんだ。結界があるだろうから、『あれ』を持ってきてくれ、って」

「あれ、って――」

「布都御魂」


 タケミカヅチはそう呟いた。


「別に驚くべきことでもないだろう? 布都御魂は平和な世界には必要ないからということでオオヤシマに預けてある。今の世界でこれを使用する機会などとうになくなってしまった。人間同士の争いで解決してしまうのが殆どだし、もうこの世界の主役は人間と言っても過言ではないからね」

「その……布都御魂を私は持っていくよう頼まれたんです」

「それじゃあれか。あの時持っていった白い布に包まれたのって……布都御魂だったのか?」


 ヤタガラスは頷く。

 話者はタケミカヅチへと移る。


「そして僕とヤタガラスは神社にて合流。彼女から布都御魂を受け取った。布都御魂には荒ぶる神を退ける力があるが、それ以上に神が作ったものを退けることも容易だ。まあ、先ほどのそれを応用しただけに過ぎないがね。それを使って、僕は結界を解除した」

「……ちょっと待て。となると、あの時死んでいたのはアメノトリフネではないということになるよな?」

「もちろんそのとおり。あそこに死んでいたのはアメノトリフネではない。三途川伊織だよ」


 唐突に。

 事実が告げられた。

 タケミカヅチはニヒルな笑みを浮かべながら、話を続けた。もうパフェに入っているアイスクリームは溶けきっているが、スサノオはそれを気にせず話をただ聞く。


「三途川伊織と三途川香織は元々アメノトリフネの小間使い……って今の表現じゃないんだっけ? まあ、簡単に言えば雑用係ってわけ。そう言うととても気味が悪いというか変な言葉になるわけだが、彼女たちはアメノトリフネを慕っていたしアメノトリフネは彼女たちが好きだった。もちろんそれはラブではなくライクの方になるわけだが」


 それはスサノオにだって理解出来ることだった。


「しかし三途川伊織と三途川香織はアメノトリフネがフツヌシに攫われてしまったことで、自分たちでどうにか出来る問題ではないことを直ぐに悟った。まあ、当然だろうね。それで僕のところに連絡が来たというわけだ。生憎神社はそう遠くないしね」

「お前がこの計画を考えたってことなのか」

「人の話は最後まで聞くものだよ、スサノオ」


 まあ今の場合は神の話になるわけだけれど。そう付け足してタケミカヅチは漸くやってきたホットコーヒーをブラックのまま一口。

 唇を湿らせて話を続ける。


「そうしてこうして僕は考えたわけだ。どうにかして彼女を救わねばならないってことを。因みにこの時点でアメノトリフネが僕に好意を持っていることは三途川姉妹から聞いていてね。尚更助けなくちゃいけない、って思ったわけだよ。囚われの姫を救う勇者みたいで、ワクワクするだろ?」

「ゆるふわロールケーキをご注文の方、おまたせしました」


 唐突に議題が中断される。

 その原因は店員の声と、彼によって運ばれた三人分のゆるふわロールケーキだった。

 それを見てタケミカヅチは笑顔になる。先程のニヒルなものではなく、おもちゃを与えられた子供のように、無垢で純粋なそれだ。

 フォークを取り出し、一口。直ぐに口の中に生クリームとフルーツのフレーバーが広がる。


「成る程ねえ、スサノオが来る理由も解るよ、美味しいね。とても美味しいよ。……えーと、どこまで話したかな」

「お前がアメノトリフネを救うこと、それを決心したところだ」

「ああ、そうか」


 スサノオの助け舟を聞いて頷くタケミカヅチ。


「ええと、取り敢えず僕はアメノトリフネを救うために尽力したわけ。だけど一柱じゃ無理だから先ずオオヤシマに相談したんだよ。布都御魂を持ってきてくれということを伝えるためにもね。そうしたらあっという間に持ってきてくれた。あとは簡単、僕の作戦に協力してくれる三途川姉妹とともにアメノトリフネを救った。これにてハッピーエンドだ」

「三途川伊織を殺したのはお前だったのかよ?」

「うん。いい切れ味だったでしょう、布都御魂は?」


 再び無垢な笑顔。


「てめえ……。自分で何をしたのか、解っているのか!」


 激昂したが、ここは人間界であるため少しトーンは抑えている。

 それを見ながらもタケミカヅチはロールケーキを食べていた。それは秋山夜音もアメノトリフネも一緒だった。

 タケミカヅチが最後の一口を食べて、立ち上がる。


「スサノオ、君は何をしたのか解っているのか……僕にそう言ったね」


 背中をスサノオに見せたまま、タケミカヅチは言った。


「僕はね、正しいと思っているよ。周りは間違っていると言うかもしれない。けれど、アメノトリフネは僕のことは間違っていないと言ってくれたし三途川姉妹も了承してくれた。三途川伊織も了承して死んでくれた。僕はそれだけでかまわないんだ」

「神が人を殺した……その事実がオオヤシマに知られれば、お前は神の地位を失うことになるぞ」

「それもいいかもね」


 タケミカヅチは歩き始める。


「神の地位に飽き飽きしてきたし、人間になるのもいいかもしれない」

「タケミカヅチ!」

「それじゃスサノオにヤタガラス。また機会があったら」


 そう言って。

 タケミカヅチたちは店内から姿を消した。



                了

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