第5話


 一先ず登場人物の一同は、別邸へと集まることとなった。

 別邸にはスサノオ、タケミカヅチ、三途川伊織に三途川香織、ヤタガラスが居た。

 しかし、一番登場人物の一同がツッコミを入れたかったのはこれではない。


「つまり、こういうことかな? 朝、食事を出しに社へ向かったら、そこにはアメノトリフネの遺体がまるで十字架に磔となった殉教者のようになっていた……と」


 パンをむしゃむしゃと食べながら言うのは、凡てを赤で包んだ女性だった。赤いシルクハットに赤いジャケット、赤いズボンに赤いネクタイ、唯一白いシャツをジャケットの中に着用しており、その白がとても目立つ。因みに髪も赤い。長い髪を帽子に隠しきれていない、というのが現状だったりする。スサノオはその存在に腹立たしく思えた。部外者なのにズケズケと入ってくるその存在が許せなかった。まったく、どうしてこういう人間がそのまま入ってきて話の一部始終を聞いていて、しかもパンを食べながら話しているではないか。スサノオは明らかに怒っていたが、表情に出さないだけでほかのカミでさえ怒っていたに違いない。


「確かに私は部外者ですよ」


 スサノオの視線に気付いた女性は指を舐めながら言った。

 とても扇情的な光景に見えた。


「でもね。私の職業的な問題も相まって、見過ごせねーんだよ。わかるか?」


 とても高圧的な言葉だったが、意外にもそれに反論するカミも人間もいない。

 女性の話は続く。


「ずけずけと入ってきている。それは悪いかもしれんね。でも私は『探偵』だ。そういう職業だからこそ、いや、そういう職業だからか、こういう場面に出くわしやすい。探偵は死神だ、そんなことを言う人間も少なくない……そんな噂話をネットで聞いたことがあるぜ」


 乱暴な口調だったがそれに反論するのはいない。

 反論する気もない――というのが正しいだろうか。


「でもよう、考えてみろよ。カミが一柱死んでいるんだぜ? それについて何の疑問も抱かなければ着眼点が皆無ってのもおかしな話だ。完全犯罪なんてものはこの世界に一パーセント存在すればいいほうだっていうのに、こんな辺鄙な神社でその一パーセントが満たされてしまうのかよ? そいつはちょっとマイナーを行き過ぎている感じがするな」

「……つまり、これは完全犯罪ではない。穴がある犯罪だ、そう言いたいのか?」


 スサノオは漸く口を開いた。

 女性は笑みを浮かべて、


「おお、そうだよ。あー漸く話に乗ってくれるヒトが出てきた。いいや、ヒトじゃねえか……そういう『類』のもの、でいいかな。職業柄、そういう存在ってよく会っちまうんだよなあ。何故かは知らないが、知りたくもねえな」

「……で、探偵とおっしゃりましたよね? お名前を聞かせていただいても……」


 ヤタガラスの言葉に女性は頷く。


「私の名前は秋山夜音、探偵だよ。と言っても、その探偵稼業というものは『目に見えない』モノに限定しているがね」夜音はソファに背中を預ける。「目に見えないモノというのは様々だ。幽霊、妖怪、カミサマもそうだな。とにかく、そういう類のものを全部排除してきた。別に無理矢理というわけではない。依頼されたから行う。それも人間に害をなすモノばかりだ。何も罪のないそういう存在を殺すわけにもいかないし、それくらいは弁えている」

「そういう問題ではなく、この犯罪が完全犯罪ではない……そう言い切ったな?」

「ああ、言い切ったよ。これは極めて初歩的なトリックだ。簡単過ぎて反吐が出るね」

「……ほんとうに、出来るんだろうな? 実はポンコツな頭脳を持っているわけでは」

「灰色の脳細胞、というやつだよ。十全に活用することが出来るぜ。体力だってそれなりにある。流石に人類最強の請負人程有りはしないがね」


 そう言って夜音はテーブルに置かれたコーヒーを一口啜る。


「ならば、犯人を見つけてくれ。探偵サンよ」

「夜音と呼んでくれ。私は苗字で呼ばれたくないんだよ」

「ふうん、それじゃ夜音さん、教えてくれないか。犯人とやらを」

「言ったよな、それにあんた自身も言ったはずだぜ。私が探偵であるということを。探偵というのは職業であり生活する上で必要となることだ。その意味が解るか?」

「金を寄越せとでも言いたいのか」

「話が解るじゃないか」

「貴様……カミが死んだんだぞ! しかも何者かに殺されて! お前が一番素性も知らない怪しい立場の人間だということを理解していないのか!」

「理解しているよ、もちろん理解しているとも」


 そう言って夜音は電子タバコを取り出した。口付けて、吸う。そして煙を吐く。


「電子タバコというものはとても便利でね。少量の蒸気を吸い込む。ニコチンが入っているものもあるけれど、気がつけば私はニコチンの入っていないものを選ぶようになっていた。だから、今の香りはとてもフルーティーだっただろう? 林檎の香りだよ。林檎の香りはとても爽やかでね、考えがまとまらないときはいつもこれを吸うんだ。そうすれば考えもまとまるってもんよ」

「そういう話ではない。つまり犯人は……」

「だから言ったはずだぜ。金を払わなくちゃ、私は働かねえ。探偵だからな」

「……解った。なら、あんたに意見を聞かなくてもいい。どうせ犯人は判明している。タケミカヅチ、お前が殺したんだろう」


 唐突にスサノオが言った。

 それを聞いて一番に驚いたのはタケミカヅチだ。どうしてそんなことをいうのか――と一番驚いたに違いない。


「どうして僕がそんなことをしなくてはいけないんだい。もしよろしければ、その説明を受けたいのだけれど」

「言う必要も無いんじゃないか?」


 スサノオは告げた。

 それにタケミカヅチは一歩後退する。


「お前はフツヌシにアメノトリフネを奪われること、それが嫌だった。だから、奪おうとした。こちらから奪おうとした。そして殺した。殺してしまえば誰にも奪われることはないから。そしてフツヌシへメッセージを残した。彼女が恨んでいることを見せたかったから。……しかし、最後はどうも仇となったな。あれほどの身体にまでされておいて、あれほどの文字が書けるかと言われるとはっきり言って微妙だ。難しい。難解であり複雑だ。だからこそ、そこでお前は失敗した。十全なんてものではない、完全無欠ではない、臥龍点睛の事件であり犯罪だ。カミを愛するがゆえに、カミを助けようと思ったがゆえに彼女を殺した。そこに彼女の意思があったかどうかは……今となっては知る由もないが」

「待ってくれ! 僕がほんとうに殺したとでも言うのか。いやあ、君は相変わらず冗談が得意だ」

「冗談でこんなこと言うと思っているのか? いやはや、流石にそれは思っちゃいないだろうな、タケミカヅチ。雷神であり、鹿島神宮に住むカミ。最近は人間の生活に慣れ親しみ、人間とともに過ごしているという噂も聞くくらいだ。そんな君がカミの世界に疲れ果て、人間界に逃げたのではないか……そんな噂が立っているくらいだよ。その噂を信じるつもりはないが、しかし、今回のことを考えると凡て察しがつく。カミは人間になることが出来ない。その理由は簡単だ。カミは人間の輪廻転生には組み込まれていないからだ。カミは永遠に人間と共にある。そのためには、姿は変わるかもしれないがその中身は変わらないほうがいいだろう……そういう決まりがある。つまり、」

「つまり、あれか。このままカミでなくなって、新たに魂が再生され、人間として生まれ変わろうとしている。それならば人間としての輪廻転生の概念に組み込まれるから、僕がそれを望んでいる。スサノオ、君はそう言いたいのか」


 こくり、とスサノオは頷く。

 タケミカヅチは小さく溜息ひとつ。


「スサノオ、君はほんとうに馬鹿か。馬鹿なのか? 僕がそういうことをするわけないじゃないか。第一、僕はアメノトリフネを救いに来たんだ。アメノトリフネを救いにきたのにアメノトリフネを殺すことをするわけがないだろう」

「果たして、それはどうか? アメノトリフネは確かにフツヌシに監禁されていた。これは逃れようのない事実だ。だが、タケミカヅチが確実にアメノトリフネを助けられるかと言われるとそれは微妙だ。そうだろ、フツヌシ?」


 唐突にフツヌシに話題が振られ、フツヌシは一瞬それに対応するのが遅れてしまうが、しかし彼は頷く。


「ああ、そうだ。俺の警備は完璧にしていた。だから、入ることは絶対に叶わない」

「絶対に、か?」

「ああ、絶対だ」

「……いや、待てよ。そもそもの問題、僕が入るのは不可能じゃないか?」


 タケミカヅチは言った。


「なぜだ。論理的破綻は見られなかったはずだぞ」


 スサノオは言った。

 タケミカヅチはそれに首を振る。


「確かに論理的破綻は見られなかった。だが、違う。そうじゃない。考えてみろよ、もしその『警備が完璧だというのなら』僕が入るのは不可能だと思うけれどね」


 タケミカヅチの意見は尤もだった。確かにフツヌシの結界は誰も入ることを許さないものであった。だから、誰も入ることが出来ないし出来るわけがない。

 にもかかわらず、アメノトリフネが死んでしまったのは何故だろうか?


「……やはり、一番怪しいのは探偵サンですよね」


 ヤタガラスの言葉に夜音が「は?」と声をあげる。


「だってそうじゃないですか。この中で誰もあなたの素性を知らない。だからあなたが一番怪しいですよ」

「怪しいとは滑稽だし失敬だな。現に、証拠はあるのか。私がアメノトリフネを殺したという証拠は」

「あるさ。とびっきり大きな証拠が」


 そう言ったのはスサノオだった。

 それを聞いて夜音はスサノオの方を見る。


「証拠というのはこれだよ」


 スサノオが出したのは一枚の写真だった。その写真に写っていたのは神社の軒下、その地面だった。地面には一つの足跡が付けられており、そこには赤い丸がつけられていた。


「先程ヤタガラスと香織さんが発見してね。見てみろ、ここに足跡があるだろう? くっきりと、革靴の足跡が」

「それがどうかしたか。まさか、その足跡だけで私がそこにいたと判別するわけじゃ……」


 夜音は言葉を止めた。

 理由はスサノオが彼女にあるものを提示していたからだ。

 それは電子タバコだった。


「電子タバコ……こんな俗物を持っているのはお前くらいだ。自分が犯人だと言っているようなものだよ」


 そもそも。

 カミサマと巫女しか入ることを許されない空間に、それ以前に、寂れてしまって誰も入ることのない廃村の深奥に。

 どうして彼女はやってきているのだろうか?

 誰もが気になる疑問であったし、誰もが質問したかった疑問でもあった。


「……ならば、こうだ」


 夜音は電子タバコを仕舞い、答える。


「私がどうにかして結界を掻い潜り、中にいたアメノトリフネを殺した。そう言いたいんだろう?」


 頷くスサノオ。

 夜音はにやりと笑みを浮かべて。

 一言だけ、明確な解答を示した。


「――その通りだよ」

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