第3話
「……予想はしていましたが、これは骨が折れますね」
「ああ……。しかしあいつがそこまでああいう性格だったとはなあ」
ヤタガラスとスサノオはそう言いながら境内にあるベンチに腰掛けていた。
「やはり、駄目でしたか……?」
やって来たのは三途川伊織だった。
三途川伊織はトレーを持っていた。トレーの上には二つグラスが乗っかっている。そのグラスには氷水が並々入っていた。
「きっとお疲れだと思いましたので……」
そう言って、三途川伊織は二柱にグラスを差し出した。
スサノオは頭を下げて、水を一口。
直ぐに冷たい水が喉を通っていくのを感じる。
「ああ……、冷たいなあ。ありがとう、助かったよ」
「冷たいね……。それにしても、フツヌシ、どうしましょうか?」
「それについては僕も考えていたところなのだけれどね」
その声を聞いてスサノオは上を向く。
そこに立っていたのは鹿を連れた少年だった。Tシャツにジーパン、チュッパチャップスを口の中に放り込んでいる。さらに首には勾玉をかけていた。
それを確認して、スサノオはそれが何者であるのか理解した。
「何だ、タケミカヅチか……。相変わらず現実めいた格好をしている」
タケミカヅチはチュッパチャップスを取り出して、
「だってこの格好が便利なのだもん。君たちのような格好はとても着づらくてさあ」
「まあ……気持ちは解らないでもないが……」
「そんなことよりアメノトリフネをどうにか解放してくれよ。僕が言っても聞かないのだもん。まあ、フツヌシは僕のことが嫌いだからねえ、致し方ないことなのかもしれないけれどさ」
「致し方ない……って、意外にもあっさりと受け入れるんだな」
「だってしょうがないでしょ? そう簡単に物事が進まないのなら、少しはこの事実を受け入れたほうがいいでしょ。そういえば昔もあったなあ……、結局あの時はどうにかなったけれど、今回もなんとかなればいいね」
「諦観するんじゃねえ。こっちはどうにかしてアメノトリフネを解放しなくちゃならねえって言っているのに。行動も示している」
「でも結果は?」
「……惨敗だ。動く気配すらない」
「だろう? ……と偉そうに言ってみたけれど、僕も全然打つ手なしだ。僕もなんとか交渉して一回会わせてもらったよ」
「いつ?」
「ついさっき」
「あの野郎、俺たちには会わせる素振りすら見せなかったぞ」
「……ま、仕方ないんじゃない? 取り敢えず、もう一回言ってみれば? 会わせてくれると思うよ。もっと言うならば、席を外してもらうこともできる。ま、その時に脱出することは不可能だけれど」
「何故?」
「結界を張っているんだ。結界を張っているから、誰が出て行って誰が入ったかも解る。だが、その結界は不完全なものだから、中を見ることが出来ない……。どうにかそれを使って出来ないか、と考えているんだけれど、なかなか難しい話だよ」
意外にも二回目の訪問であっさりとアメノトリフネに会わせてもらうことが出来た。
アメノトリフネは少女だった。黒い髪の少女だった。身長はスサノオと同じくらいだったろうか。
「……お久しぶりです、ヤタガラスさん。それにはじめまして……でいいんですかね、スサノオさん」
「お久しぶり?」
「私は二回目なんですよ。ここに来るのは」
「ふうん……そうか。で、あんたをここから連れ出そうとどうにか考えているわけなんだが……」
「どうにも出来ないでしょう。結界がある以上、ここから抜け出すことは不可能です。フツヌシよりも格の高いカミサマが来れば話は別でしょうが……、少なくとも私にこの結界を解除することは不可能です」
要するに、手詰まりだった。
「どうにか抜け出す方法はないのか……。抜け穴とか」
「ありません。そういうものは徹底的に排除したと言っておりましたから。というよりも、そんなものがあったとしても結界によって脱出することが出来ないから、それに絶対的自信を持っているのではないでしょうか」
「そうか……。なんとか力になりたいが、考えておこう。また明日、ここに来るよ」
「解りました。……あ、そうだ。ヤタガラスさん、香織さんに伝えてもらってもいいですか? 今日の食事について」
「食事? ええ、構いませんよ」
「今日の夕飯は粥でお願いします、と伝えてください」
「粥、ですね。解りました」
そしてスサノオたちは部屋を後にした。
スサノオたちは明日また訪れることにしようということで、その日は三途川姉妹の住む別邸で眠ることとした。スサノオだけ男神なので、眠る部屋は別にされてしまった。また、三途川姉妹は料理をいつもより多く振舞っていたらしい。なぜならここにあまり人が訪れないからだという。タケミカヅチは少食だからあまり食べなくて困っていた、とも言っていた。
だからその分が回って――スサノオとヤタガラスは大量の食事をする破目になってしまった。
そして、翌日。
事件は発生した。
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