第2話
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廃村となった村――名前を聞いただけでは解らなかったが――そこへスサノオとヤタガラスは足を踏み入れた。
「それにしても酷い畦道だな……。ここって、もう相当昔に廃村になってしまった、ってことか?」
「ええ。確か平成六年ですから、もう二十年近いと思います。原因は少子高齢化などによる子供の減少と若者が地方ではなく都会へと出て行ったことによるものですね」
「ふうん……。あと一つ質問してもいいか?」
「何ですか?」
「お前が持っている、その大きな物は何だ?」
それを聞いてヤタガラスは肩を震わせた。ヤタガラスが持っているもの、それは白い布に覆われた何かであった。大きさからして三メートル程ある。非常に大きな代物だ。質量もそれなりにあるようで、スサノオが何度も持とうかと思ったが拒否されている。
「これですか? これは……えーと……必要なものです」
「どうして白い布で隠す必要があるんだよ? 何か理由でもあるのか?」
「それは……えーと……あっ! 見てください! あそこが神社ですよ!」
見事に話を逸らしたヤタガラス。そしてスサノオもそれを聞いて彼女が指差す方向を見た。
――それは神社というにはとても異様な場所であった。神社の鳥居を潜ると参道をはさんで両側に置かれているのは立方体の物体だった。
「……サイコロ、か?」
「恐らくそうだと思われます。昔は何か乗っかっていたのでしょうけれど、今は少なくともそれは見当たりません。結局、そんなものなど無かったのではないかという通説もあるくらいですが、だとしてもこのサイコロめいた物体は気になるんですよねえ……。どうしてこんなところにあるのかというのもあるんですけれど、それ以上にこれを制作した意義ですよ。しかしそれを語ることのできる神はこの場において存在していませんがね……」
「どういうことだ? ここの神はアメノトリフネでもフツヌシでも無いのか?」
「ええ。少なくともそれにタケミカヅチを加えた、三柱ではないことは確認済みです」
「なら、誰が……」
「今はそれを考えるべきではないでしょう。少なくとも今はこの状況をどうにかせねばなりません」
「あら……カミサマでしょうか?」
声が聞こえた。
それを聞いて、スサノオは嫌な汗をかいた。まさかこんな寂れた場所に人間――しかも、自分たちをカミだと視認出来る人間だ――がいるなど思わなかったのだ。
そこに居たのは二人の巫女だった。姿かたちが全く一緒の。一卵性双生児とはまさにこのことを言うのだろうか。或いは鏡写しの状態を言えばいいのだろうか。どちらにしろ、あまりにもそっくりすぎて気持ち悪いくらいだ。
「……巫女、か?」
スサノオは訊ねる。
巫女の双子は同じタイミングで頭を下げる。
「私は三途川伊織といいます。私は姉です」
箒を持っている三途川伊織が言った。
「そして私は妹の三途川香織といいます」
塵取を持つ三途川香織は空いている左手を挙げて言った。
「双子……ってことか?」
「まあ、そういうことになりますね」
箒を持っている方――即ち三途川伊織が答える。
三途川香織は塵取を地面に置いて、袴についた埃を叩く。
「……ところで、何の御用でしょうか?」
「御用……というか、ここにフツヌシ、或いはタケミカヅチは居ないか? アメノトリフネでもいいぞ」
「その三柱、何れもここに居ますが……」
それを聞いて、スサノオは溜息を吐く。
「それじゃ、先ずはフツヌシの場所へ案内してくれないか」
三途川伊織は頷くと、箒を三途川香織へと手渡し、境内の奥へと歩いていく。どうやら、スサノオたちを案内するようでもあった。
それを見てスサノオとヤタガラスは後を追った。
「アメノトリフネを解放しろ? そんなことして解放する悪役がどこにいるんだよ」
「自分が悪役という認識はしているんだな、フツヌシ」
スサノオとヤタガラスはフツヌシの居る場所へとやってきた。とは言っても境内の中にある社を入ってすぐの部屋だ。まるでその奥の部屋に誰も入れさせないようにしている、そんな雰囲気を感じる。
ヤタガラスは溜息を吐き、話を始める。
「フツヌシノカミ、あなたはやってはいけないことをしてしまいました。カミの私的監禁です。カミを封じていいのはその力が世界に悪影響を与える場合のみ。しかしアメノトリフネは世界に悪影響を及ぼすことのない存在です。にもかかわらずあなたはアメノトリフネを監禁した。これはやってはいけないことなのですよ」
「黙れ、烏如きが。カミよりもグレードをひとつ下げた神使がカミにそんな口を聞くのか」
フツヌシの目つきはとても悪かった。身長は特に高くもなく低くもなく、しかしその目つきが存在感を示している。少年のような容姿だが、その陰険な目つきは少年らしさを裏切っていると言ってもいい。
とは言っても彼はカミだ。人間ではない。だから人間でいうところの少年めいた容姿であったとしても、カミの年齢概念は人間における年齢概念とは大きく異なる。
「だから、私はオオヤシマの代表としてここに来ているわけで」
「オオヤシマというのはこういう神使まで扱っているのか。それを聞いただけで、それを見ただけで虫唾が走るな。いったいどういう教育をしているのか、イザナミとイザナギに会ってみたいくらいだ」
「……では、アメノトリフネを解放していただけますね?」
「いいや、それは嫌だね」
フツヌシは首を横に振る。
「何故ですか」
ヤタガラスは訊ねる。
フツヌシはそれに対して、首を傾げる。
「何故か、って。それは簡単なことだ。俺はアメノトリフネのことが好きだからだよ。大切なカミを、大切な存在を、大切にするために、閉じ込めようと思うのは道理ではないか?」
道理。
確かに、考え方によってはそうなのかもしれない。
しかしそれは、道理は道理でも、歪んだ道理であることは、スサノオもヤタガラスも理解していた。
「道理、果たしてそうなのかね。それはただ言い訳を正当化するだけなのでは」
「スサノオ。君ならば理解してくれるだろう? 君はクシナダヒメと結ばれたと聞いた。君だって大切な存在が居る。大切な存在が居るならば! それを守ろうと思うのは道理。そうだとは思わないか?」
「……確かに俺にも大切な存在はいるよ。でもな、その大切な存在はそんなことをしないと守ることは出来ないのか? 少しばかり、やりすぎだとは思わないのかよ」
「やはり君も理解してはくれないか、スサノオ。君くらいは理解してくれると思ったよ。でも俺は戦って正当化するつもりはない。ならばずっとここに居るよ。何千回でも何万回もやってきても、俺はアメノトリフネを解放することはしない」
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