第二話 アメノトリフネ殺神事件

第1話


 冠天堂のゆるふわロールケーキは小豆の甘露煮を生クリームに混ぜ込ませた特製クリームの中にフルーツをたっぷりとくわえてそれをスポンジケーキに塗り、渦巻き状に巻いた一品である。食べた瞬間、口の中にフルーツの爽やかな香りが広がり、まるでフルーツそのものを食べているような錯覚に誘われる一品だ。

 しかしながら、それよりも美味しいメニューが存在する。

 冠天堂フルーツパーラーでしか食べることが出来ないフルーツパフェだ。

 もともとゆるふわロールケーキはフルーツパフェを再現するために開発されたとも言われているが、しかし実際にフルーツパフェとゆるふわロールケーキを食べ比べた人間から言わせてみればそれはまったくの間違いだといえる。

 理由は冠天堂の店員が行う、ひと工夫だ。

 フルーツパフェにはフルーツがたっぷり入っている。そのため、入っている小豆甘露煮ロールが水気を吸ってしまい、せっかくのふわふわの食感が台無しになってしまうのだ。

 それを防ぐために、フルーツパフェに含まれる小豆甘露煮ロールは表面を少し炙っている。そのためか、フルーツの上に置かれていても水分を吸うことなく、外はカリカリ中はふわふわの食感が味わえるというのだ。

 しかしながらこれを食べるためには、日本に三店舗しかない『冠天堂フルーツパーラー』へと出向かなくてはならない。しかしその座席は少なく、どの店舗もカウンター+二つ三つのテーブルしかない。どのフルーツパーラーにいってもこれは変わらないし、そういう営業方針なのだから仕方ない。

 そんな冠天堂フルーツパーラー江の島店は海岸沿いにある。連日多くの観光客が訪れ、フルーツパフェを平らげていく。

 ゆるふわロールケーキはよく『神様も愛するロールケーキ』と呼ばれる。眉唾モノじゃないかと言われるが、これは甘いもの好きなカミサマが店主の前に現れ一緒に商品を開発したという伝説みたいなお話しから来ている。

 そして、その店内。

 カミサマとカラスがフルーツパフェを食べていた。

 カミサマとカラス――といっても、その姿は人間そのもので、カラスに至っては翼を隠しているため、正体を掴むことは容易ではない。


「これすっごい美味しいですね!」

「だろう? いやー、今日は現世に出張でほんとうよかった。食べる時間もあったし」


 カミサマの方は、そう言って微笑む。

 カミサマの名前はスサノオといい、カラスはヤタガラスという。

 いずれも古くの書物に名前が記されている、伝説的存在である。

 さて、そんなカミサマとカラスがどうしてこうしてこんな場所に来ているのだろうか?

 それはロールケーキを食べているスサノオ自身に語ってもらうこととしよう。


「何を言っているんだ。別にそんなものどうだっていいだろ、食べたいものがあるからここに来ている。そして、その食べたいものを食べている。毎回思うけれど、これは人間には勿体無いよ。神界に支店を作るべきだと毎回店主に言っているけれど、悪戯だと思われてしまっている。残念なことだよなあ」


 因みにここまで百三十六文字。ぎりぎり一ツイート分である。


「ところで、ヤタガラス。ここを集合場所に選ばなかった理由を聞かせてもらおうか」

「当たり前じゃない。ここは神界じゃない、人間界なのよ。人間界で集合するなんて無理でしょう? なのに、どうしてわざわざ人間界まで」

「このロールケーキ、美味いだろう?」

「ええ、そりゃあまあ」

「それが理由だ」

「理由になってない!」

「そもそも俺に集合場所を選ばせようというのが大きな間違いだということに気付かなかったのか。俺は甘党だ。前もあったとおり、ゆるふわロールケーキが食べたくてちょくちょく人間界に降りるくらい、甘党だよ。それはお前も知っているだろう? ゆるふわロールケーキはフルーツ、生クリーム、生地、凡てがいいバランスにマッチングしている。最強のケーキだと言ってもいい。これを主食にしてもいいと思っているくらいにね」

「それを主食にしたら流石にカミサマとはいえ、身体がおかしくなりますよ……?」

「なっても構わない。それで死ねるなら本望」

「駄目だコイツ早く何とかしないと」


 閑話休題。


「そんなことより、どうして私があなたをオオヤシマに呼びつけたか、解ります?」

「俺に惚れた?」

「クシナダヒメに殺されるわ」


 やれやれ、と言ってヤタガラスは首を振った。


「そんなことではない。そんなことじゃないんですよ、それ以上に重大で重要で厳重なことがあるんです」

「そこまで言葉を重ねるくらいに、か?」


 そこまで来ればスサノオもケーキを食べる手を止めて、すっかりヤタガラスの話を聞いていた。


「で……何だ。何があるんだ?」

「国譲り、って知っていますよね」

「国譲り、か」


 ヤタガラスの言葉を反芻するスサノオ。

 『国譲り』とは、またの名を葦原中国平定(あしはらのなかつくにへいてい)という、天津神が国津神から葦原中国を譲ってもらうことを言う。因みに葦原中国とは、現在の日本国土のことを指す。即ち、日本国土が日本として成立するために、重要な事柄なのだが――。


「それがどうかしたのか?」

「国譲りの三柱が争っているのですよ。理由は言う必要も無いくらいくだらないものですが」

「ふむ。三柱というと、タケミカヅチ、フツヌシ、それに……」

「アメノトリフネ、ですね」


 スサノオの言葉にヤタガラスが補足する。


「まさかそれの仲立ちをしろ、なんて言わないよな? 仲良くするために協力しろ……なんて」

「その通りです。まさにその通りですよ」

「最低過ぎるだろ! あの三柱の戦いに望んで巻き込まれろ。お前はそう言っているのと同等だぞ!?」

「ええ、そうですよ?」


 ヤタガラスが、自分自身が言った言葉を理解しているか、それともしていないか、スサノオには解らなかった。

 小さく溜息を吐いて、スサノオは続ける。


「それで……。俺はどうすればいい? その三柱の争いを仲裁するために」

「それは簡単です。既にある場所にメンバーを集まっていますから、その場を取り仕切ってもらいたいんです」

「……因みにイザナギはどうした?」

「厄介事には手をつっこみたくない、との一点張りです。おかげで私がこの事件の全責任を負うことになりました。もし失敗したら、養ってくださいね?」

「そんなこと言われてもなあ……」


 頭を掻いて、スサノオは言った。


「そんな簡単に済む話じゃないんですよ。それが、オオヤシマがあなたに依頼した理由でもあります」

「依頼? やけに仰々しい言い方をするもんだな。いったい、何があったって言うんだ?」

「単刀直入に言いますと、アメノトリフネが監禁されている、ということです」

「……監禁、だと? あいつは確か船の神様だろ。どうしてそんなことをする。監禁して利益でもあるのか?」

「アメノトリフネを監禁した犯人……この場合は『犯神』とでも言えばいいのでしょうか。それは把握しています」

「だったら言えよ、今すぐ」

「フツヌシです」

「それってどういうことだよ。フツヌシがアメノトリフネを監禁している……?」

「それ以上でもそれ以下でもありません。それが真実です」

「真実、と言ったってなあ……。やはり信じたくないものだぞ、そういうのは。考えても見ろよ、俺はフツヌシとは古くからの知り合いだ。あいつのことは誰よりも知っているつもりでもある。そんなフツヌシがアメノトリフネを監禁している、だって? それを言われて俺が信じるわけがないだろう……」

「そう言うと思って、今からその証拠をあなたに見せようと思っています」


 そう言ってヤタガラスは立ち上がった。不審に思ったスサノオは首を傾げる。


「証拠って……無いじゃないか」

「なにも『私が証拠を持っている』なんて一言も言っていませんよ。今からその証拠がある場所へ向かうんです」

「……まさか」

「そのまさかです。廃村となってしまった村の奥深くに神社があるらしいのですが、そこにアメノトリフネは居るらしいのです。そこへ向かいましょう。きっとタケミカヅチも居るはずですから」

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