第3話
4
「けれど、ヤマタノオロチだなんて聞いてないですよ。まずは、草薙剣を手に入れてから……」
川上の洞窟へと向かうスサノオとヤタガラスはそんな会話をしていた。
「困っている人がいるんだ。助けないわけにはいかないだろ」
「そうですけどお……」
スサノオはそう言って張り切っていた。しかし、ヤタガラスは知っていた。クシナダヒメの胸が、非常に豊満であったことに。
「どうせ、クシナダヒメさんのおっぱいがとんでもなく大きかったからでしょ。あれきっと小玉スイカより大きいですよ」
「おっぱいは形じゃねえ! 大きさだ!」
「なおひどい」
ヤタガラスとスサノオはそんな話をしながら、川上の洞窟へとたどり着いた。
洞窟は水源となっているようで、川を境として二つに道が分かれていた。また、人間が入るからか等間隔に松明が設置されていて、そのため歩くこともままならないことなどはならなかった。
「やっぱ涼しいな……水が流れているからだろうけど」
「そうですね。でも……ヤマタノオロチ、私たちだけで倒せるんでしょうか?」
「いざとなったらお前だけでも逃げろよ」
スサノオが言った言葉は、はじめヤタガラスには理解できなかった。だから、もう一度聞き返した。
「だから、頼まれているのはあくまで『草薙剣』の補完であって、二人仲良く帰ってくるわけじゃない。つまりは、どっちかが欠損してもいいってわけだ。だけれど、俺はどこか当てもなくいるのに対して、あんたはオオヤシマの職員という地位がある。だったら、そっちを優先するに決まっている。誰だってそうだろうよ」
「でも……!」
「わかったな」
スサノオはもう一度、強く言った。
それに、ヤタガラスはただ頷くことしか出来なかった。
洞窟は入り組んでおり、三叉路十字路とあり寧ろ迷子にならない方がおかしかった。
つまりは、スサノオたちは迷子になってしまったということだ。
「……なんだよこれ。入り組んでるにもほどがあるじゃねぇか……。よく毎年、人間を貢ぎにだなんて行けるな」
「貢ぐというよりかは、ヤマタノオロチがわざわざ川下まで降りるんじゃありませんでしたっけ?」
そうだったか――とスサノオは苦笑いする。
確かに、とヤタガラスは気になっていた。
どうして、わざわざヤマタノオロチは川下へ降りていくのだろうか、ということに。
それはきっと何かの理由があるに違いない。例えば、洞窟に何者も招いてはいけない何かがある。
――それが、ヤマタノオロチにとって大事なものだったりするとか。
ふと、ヤタガラスはそんなことを考えたが、そんなものは、結局、実際にそれを見るまでは机上の空論に過ぎない。
「おい、何しているんだ! 急がないと、俺たちここで野垂れ死ぬぞ!!」
スサノオの言葉でヤタガラスははっと我に返り、スサノオに追いつくために駆け出した。
◇◇◇
洞窟を奥に進むと、道は二つに分かれていた。
「……どっちだ」
「どっちでしょうね」
こういう時風が吹く方に行けばいいのだろうが、あいにく右も左もある程度の風が吹いていたので、判別のしようがなかった。
「せっかくだから、俺は左を選ぶな。なんか落ち着くし」
そう言ってスサノオは左の方へ進もうとしたが、ヤタガラスに裾を引っ張られたために思うように進まない。
「ヤタガラスさん何がしたいんです?」
ピクピクと顔を引きつらせながら、スサノオはいう。ヤタガラスは小さく息をすって答える。
「私のことも聞いてください。……たしかに行動学の見地からも、人は迷ったり未知の道を選ぶときというのは、無意識に左を選択するケースが多いんだそうです。……なんででしょうね?」
俺に言うなよ――スサノオはそう言ってヤタガラスを小突く。
「痛いですよう。ともかく、私が言いたいのは、まあ、右に行ったほうが安全じゃないですかね? というあれですよ」
「あれとか言うけど、どういうこと?」
あれはあれですってば、とヤタガラスは平たい胸を張る。
「……わかった。とりあえず、右へ進もう。つまりはそういうことだろ?」
そうです、とヤタガラスは言ったので、ため息をついて、仕方なくスサノオはその指示に従うことにした。
通路を暫く進むと光が見えてきたので、スサノオは呟いた。
「光だ……」
「ねっ、言うとおりだったでしょう?」
そうだな、と呟きスサノオは光の下へ歩き出した。
光を抜けるとそこは渓谷のようになっていた。中心には水晶で出来たのか、透明な鉱石でできた石――それを『石』と呼ぶには余りにも大きすぎた――があった。そこから光が照らされるのか、キラキラと輝いていた。おそらくは、これからの光がここを照らしているのだろう。
「……なんというか、大変だな。バランスをうまく取らなくちゃ、落ちかねない」
「手をつないでいきましょうよー。だったら最悪一緒に死ねますよ?」
「それは勘弁願いたいね」
スサノオは手を振ってヤタガラスの提案を断る。ヤタガラスはそれを見て「けちー」とかいいながら口を曲げていた。
「ケチで結構! 俺はまだ死にたくないもんでね」
「……しょっぼい男神はモテないんですよ」
「何か言ったか!? そういうひねくれた女神もモテねえんだよ!」
「ひっどーい! それはちょっとひどすぎない!?」
「うるさい! というかヤマタノオロチはいったいどこにいるんだ!? 全然解らねえよ!!」
水晶の道を歩くと、再び洞窟の通路に突入した。通路は右へ左へと曲がっていた。ヤタガラスはカバンのどこからか取り出した水を飲んでいたのだが、スサノオはそういうのを持っていなかったのか、ずっと飲んでいなかった。
見かねたヤタガラスがスサノオに訊ねる。
「……水、飲みます?」
「ん。ああ、じゃあもらうか」
そう言うと、スサノオはヤタガラスが差し出したペットボトルの水を奪い取り、一口飲んだ。スサノオが横目にヤタガラスを見ると、彼女の顔が赤く染まっていた。
「……どうした?」
「え、いや、ナンデモナイデスヨ?」
「いや、明らかに何かおかしくないか?」
スサノオが言うと、ヤタガラスはぷいとスサノオとは別の方に顔を向いて、
「別に関係ないですよ! ほら、行きましょう」
答えた。
スサノオはなんなんだこいつと邪険な視線をヤタガラスに送っていたが、直ぐにそれをやめた。
「にしても……ここ長くないか? いくらなんでも」
「なんでいきなり倒置法だなんてしたんですか……。突っ込む気力すら失せているというのに……」
そのくせしっかりツッコミを入れているヤタガラスを見て、スサノオはシニカルに微笑む。
「まあ、しょうがないじゃないか。別に突っ込んで欲しくて言ったわけではないし。それは確かだ」
「そうと言われましても……」
ともかく――スサノオは一刻も早くヤマタノオロチのもとへ向かう必要があった。なぜなら、二人ともこの長い洞窟探索に精神が疲弊しているからだ。これ以上ここに居ては危うい。
「……とはいえ、まだまだ終わりが見える気配すらない。……いったいどこをどう通れば……、まさか間違ったなんてことはないものなあ」
そんなことを呟きながら、さらに進む。
そしてついには、行き止まりにたどり着いてしまった。
「考えたくなかった事態にたどり着いてしまいやがったよ……」
「ええっ、どういうことですか?」
「見れば解るだろ、見れば。行き止まりだよ。……あー、また戻らなくちゃいけないのか……。精神が参っちまうよ、これじゃあ」
「……それを聞くと、私もなんだかやる気が出なくなりました。一旦ここで休憩しません?」
「さっき休まなかったっけ?」
「そんな記憶なんて遠いどこかに消えてしまいましたよ!」
ヤタガラスがそう言うので、仕方なくスサノオは近くにあった岩に腰掛けた。
「疲れた……。なんか甘いもの持ってないのか、」
唐突に話が途切れたのは、スサノオが驚いてしまったからである。
何に?
突然、彼が座っていた岩が地面に沈み始めたのだ。
それと同時に、今まで行き止まりになっていた壁が観音開きのように開き始めた。
「……隠し扉、だと?」
「隠し扉とか超ロマン感じますね!」
「いや、ロマンとかそういうの以前の問題だろうが……」
スサノオはぶつくさ言いながら、完全に開け放たれた壁だった場所から、その中へ入っていった。
その中は広いコンサートホールのようになっていた。そして、中央の天井にはガラスが張っており、そこから月の明りが漏れていた。どうやら、この洞窟で迷っているあいだに夜になっていたらしい。
「……もう夜か……。出雲国に着くのはいつ頃になってしまうんだろうなあ。こんなゆっくりじゃ、またイザナギにああだこうだと怒られてしまうな……」
「私も有給削られるかもしれないですね……」
そんな意外とシビアなオオヤシマの状況はさておき、スサノオは一歩足を踏み入れた。
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