ラチ男の災難 その2ー下

あまりにも長い時間現れなかったその男。

年のころは二十代前半から半ばくらい。マジメそうな、ごく普通の人だった。


こっちが一方的に悪いにも関わらず、あまりにも来なかったので、私の中には軽く逆ギレっぽい気持ちが湧かなくもなかった。もちろん、それは口が避けてもオモテに出せないし、そんなこと思うのもトンでもない話なのだが。


というのも、この郵便局は駐車場の収容台数が少ないことで有名で、利用者はみんな空きを待ったり、本来駐めるべきじゃないところにしかたなく駐めたりと、四苦八苦しているのだ。

この運転弱者の私にいたっては、ズルして隙間に駐める知恵もないため、今回のように空いてなければ素直に通り過ぎて、ぐるっと区画をもう一度回ってから来てみるとかしてる駐車場なのだ。


それなのに、この人は、私がコトを起こしてから今まで便


やって来た方向からして、どうやら近くのコンビニに行っていたと思われる。そっちの方がよっぽど、広くて台数の多い駐車場があるのに。


この人が、郵便局の用事が終わって車をすぐにどかしてくれていたら、こんなことにならなかった可能性が高いのではないか!?


でも、やってしまったことは私が全面的に悪い。そんなことを考えるのはやめよう。


その人は、自分の車の惨状を見て「何があったんですか!?」と目を丸くしている。

状況を説明して、平に平に謝って(←その気持ちに偽りはない)、警察の指示に従ってお互いの連絡先を確認しあったり、保険の話をして、やっとお開きとなった。


このあと私は保険会社に電話して、そのあとで私から彼に連絡することを約束し、動力には問題がないけどベコベコになったラチ男を連れて、銀行へ用事を足しに行った。そんな姿のラチ男を連れ回すのは恥ずかしかったのだけど、今その用事を足さなかったとしても、結局は出直すことになるので、恥ずかしいとかもうどうでもよかった。何より、郵便局であれだけ長い時間さらし者になっていたことを思えば。


何日かして、ラチ男は入院し、私は夫のM夫くんにつきあってもらい、菓子折りを持って、工場の代車に乗って、相手の自宅へあらためてお詫びに伺った。


平謝りの私に対して、彼は「保険で直ることですし、そんなに気にしないでください」と言った。そこまではよかった。

そのあとの一言が、軽く(あくまでも軽く)私をカチンとさせたのだけど、いやいや、悪いのは100% 私なんだから、と言い聞かせ、彼からの「車が直ってきました」というメール連絡に再度お詫びの返事をして、関わりも終わった。


その一言とは、「今後は、」だった。


でも、いい人だった。よかった。本当に申し訳なかった。ごめんなさい。


入院するまでの間マンションの駐車スペースにいるラチ男を、隣近所の人が至近距離からなめ回すようにジロジロと見ているのを何度か目撃した。仲のいい住人が「いや〜、あれは見たくなりますわ〜。何があったんだろう!? って思いますもん」と言っていた。事故としては大したことじゃなかったんだけど、確かに見た目はひどかったかもしれない。


ラチ男は、以前、M夫くんが予想外に固い雪山に押し付けてしまったせいで、前のナンバープレートも折れ曲がっていた。

今回は、それもこっそり工場で直してもらえて、前よりもピカピカのいいオトコになって帰ってきた。


ただ、M夫くんがちょっとやそっとじゃ使わないようにして、ここまで下げ続けてきていた保険料が、今回のことで高くなってしまったことだけは残念だった。

そして、私はそれからしばらくの間、駐車するたびに事件の時のパニックした気持ちが鮮明によみがえって、ちょっとでも自信がないと感じる狭めのスペースにはよう近づかんようになっていた。


立ち直るのに1年くらいかかったかもしれない。

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