第22話 リップガール誕生の秘密 その7
「お客様、申し訳ございませんが入場は4時半までとなっております」
気の早い係員は、入口で閉館の準備をしていた。そこに現れたのは、シズルに声をかけた謎の女だった。
黒い大きな傘をたたみ、ヒュッと一回振る。水滴が床に叩き付けられた。
女は人差し指を係員に向ける。
「いいのよ、気にしないで」
作り笑いを浮かべていた係員は無表情になり、機械的に閉館の準備を続けた。その
謎の女は二階の第三展示室の入口前で足をとめた。閉じられた扉をしばらく眺めた後、観音開きの取っ手を握る。バチっ! 取っ手を握った手から火花が散った。
反射的に手を離した女の真っ赤な唇が笑う。
「……無駄な抵抗を」
バン! 女は館内で傘をさした。薄暗くなった廊下は、雷鳴がとどろき、突然の激しい雨に包まれていく。
辺りは瞬時に水びだしになり、廊下は川のように雨水が流れていく。
閉じられた扉は激しい振動を始めた。地震ではない。揺れているのは扉だけだ。
展示室の中にいるシズルと少年太助は、強引に揺さぶられる入口の扉を見つめた。
「相変わらず、気の短い女だ」
「女?」
「ここに来る前、出会ったはずだ ……魔女に」
「はあ?!」
バキャーン! 閉じられた扉が手前に吹き飛ぶ。
「きゃあ!」
「ばかものー!」
せき止められていた雨水が一気に展示室になだれ込んだ。
「絵に水が厳禁なのを、知っておろうが!」
魔女は水しぶきを上げ、雨水を切り裂くように二人の元に進み出る。そして、黒い傘をたたみ微笑みかけた。
「ごめんあそばせ、小細工が嫌いなの」
「もう絵は描かん! 帰れ!」
「あら、描く描かないじゃないのよ? あたくしの物にするか、しないか……それだけの事」
くるぶしまで雨水につかったシズルが口をはさんだ。
「それは……白馬に乗ったケンジさんの ……」
「あれはねえ、ケンジなの。画家きどりに聞かなかった? あんなきれいな魂は見たことない……好き」
「いかん! こいつの口車にのるな!」
魔女の目が金色に発光した。
「……お黙り」
魔女は少年太助を指さす。彼は一瞬のうちに白い彫刻に変わった。
「太助さん……」
少年太助の無残な変わりように恐怖を感じたシズルは、後ずさった。
「雑音は消えたわ。お話の続きをしましょう。まだ、途中でしょう?」
魔女は足を使わず、スーッとシズルに近づいた。
「ケンジに会いたい、そうよね? 会えるわよ、あたくしの言う通りにすれば」
シズルは水しぶきを上げて白馬のケンジのそばに走り寄り、それを守るように両手を広げた。
「いや! 渡さない!」
「あら、ずいぶんね。あなたに、あたくしを止められると思って?」
「いやだ! ケンジさんは渡さない! 誰にも! 絶対に!」
「けなげね……あなたの魂も美しいわ。……好きよ、あなたも」
魔女は、ゆっくりとシズルに近づいた。
「ダメ! こないで!」
彼女は魔女を
「意外……とても強い魂だわ、ケンジが惚れたはずね。……
シズルは魔女の言葉を測りかねた。だが、必ずケンジを守る、そのゆるぎない決意は自身も驚くほど迷いがない。
魔女は人差し指を上に向けてくるりと円を描く。すると、侵入してきた雨水は逆流し入口へ向かって流れた。床は水が引いて乾いていく。吹き飛んだ扉は元に戻った。
シズルは目を見張った。同時に魔女の恐るべき魔力に畏怖し全身に震えが来る。
彼女は目を閉じて必死で恐怖と戦った。
「ケンジと幸せに暮らすことができるようにしてあげる。そのかわり、ケンジを忘れることになるわ。シズル、あなた自身の記憶も消える。それでも、会いたい?」
目を開けたシズルは、相反し、矛盾する魔女の提案に戸惑いを見せた。
「ん? やーねえ、ケンジまで……美しいものを壊したくないのに」
魔女は白馬に乗るケンジの絵に視線を投げる。
シズルは両手を広げ、魔女を見据えたたまま葛藤し
ケンジの姿がない。白馬だけが絵の中にあった。
「なんで?」
「きひゃぁぁぁぁぁ!」
つんざく絶叫を聞いたシズルは、防御と驚きとが混濁し、後ろに倒れながらも信じられない光景を目にした。
魔女の腹部を
(リップガール誕生の秘密 完結 へ、つづく)
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