第21話 リップガール誕生の秘密 その6

 少年は空間の最深部を指さす。


 「見覚えがあるだろう? ほら、のぞいてごらん」


 ミラーボールは消え、薄暗い中で絵が浮き上がる元の照明に戻った展示室。少年の指先に誘われて、シズルの視線は幾分大きめの絵画に注がれた。


 「まさか……こんなことって……」


 シズルは、その絵画の元へ走り寄る。彼女の後ろから、少年はささやいた。


 「君が三つの時、君はこの絵の前から動こうとしなかった。思い出したかい?」


 シズルはゆっくりと首を横に振った。


 「……覚えてない……でも、毎晩のように夢に見たわ。物心ついた時から、ずっと……でも、まさかこんな……ケンジさん……」


 美しい風景に溶け込んだ、白馬にまたがるケンジの姿を描いた絵画がシズルの眼前に広がった。

 端正な顔立ち、涼しげでやさしい眼差し、そして、なぜか悲しげな微笑ほほえみ。それはまぎれもなく、ケンジであった。


 「君が、絵の中のケンジを見つめたように、ケンジもまた、君を見ていたんだよ」


 シズルは後ろを振り返り、にこやかな少年を見つめた後、再び絵画に向き直る。


 「え?」


 少年は絵画に語りかけるようにいった。


 「ケンジは恋に落ちたんだ、三才の君の魂と。美しくて、はかなげで、やさしくて、気高い、君の魂とね」

 「……魂? ……そんなことって……」

 「右横の絵を見てごらん」


 シズルは目線を右に動かした。


 「あ!」


 赤い小さなワンピースに、白いソックス、赤い靴の三才のシズル。

 幼いシズルが上目づかいにこちら側を見つめている絵が飾られている。


 「右回りに、ちがう絵を見て行けばいいよ」


 そこには幼稚園でお遊戯をしているシズルが描かれていた。そして幼い彼女をやさしく見守るケンジの姿もそこにあった。


 「ケンジさん……なんで? これ、あたし……」


 次には小学校の入学式、桜の木の下で両親にはさまれ、笑顔のシズル。そして桜の陰から見守るケンジ。


 小学校の遠足でお弁当をほおばるシズル。通行人のように振り返るケンジ。


 中学校の教室で友達と談笑するシズル。その廊下からのぞくケンジ。


 高校の修学旅行で友達と一緒にジャンプしてる静止画。それを自転車に乗って見つめるケンジ。


 職場でデスクワークをするシズル。後ろでコーヒーを飲みながら見守るケンジ。


 「なに? ……どういうこと? ケンジさん、あたしを見てくれてる。ずっと前から、小っちゃい時から、ずっと……」


 涙が、頬をつたう。彼女はうるんだ瞳で目線を次に移した。


 「これは……」


 それは、シズルがケンジにお姫様抱っこをされている、出会いの絵であった。


 次の絵は二人で寄り添うように水彩画を描いている。


 「はっ……でも、ここはウッキー・太助さんの作品展。これ全部彼が描いたの? どうして? いつの間に? どうやって? あと……君は、誰?」

 「白馬に乗ったケンジ以外、ここにある絵は全部ケンジが描いた。丁寧に、慎重に、愛おしむように、そしてとても、楽しそうにね。……はじめまして、魂の画家、ウッキー・太助です」

 「あなたがウッキーさん?」

 「太助の方がいいな」

 「……太助さん、その、ケンジさんは……どこに?」

 「言わなかったかい?」


 少年太助は、白馬に乗ったケンジの絵を指さした。


 「嘘! そんなわけない! ……お願いです、教えてください……からかわないでください、お願いします」


 涙目で訴えかけるシズルに、少年は腕を組んでため息をついた。


 「悪意のある嘘は大嫌いだ。僕は魂の画家、絵に魂を吹き込む、命を削ってね」

 「あっ、ごめんなさい、そんなつもりじゃ」

 「君には真実しか語らない。聞く気はあるかい?」

 「……はい」


 シズルはとおは幼いであろう少年に頭を下げた。

 どうしょうもなく、胸が高鳴り、唯々ただただケンジに会いたかったのである。


 (リップガール誕生の秘密 その7 へ、つづく)


 

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