第20話 リップガール誕生の秘密 その5

 「午後5時で閉館となりますが、よろしかったですか?」

 「……はい」


 時刻は午後4時半。シズルは二階の第三展示室へと足早に向かった。


 『ウッキー・太助の世界』と小さな看板がかかった展示室へと足を踏み入れたシズルは、薄暗い空間に絵だけが浮き上がる照明の中、四方を見渡す。

 決して広くはない展示室では、探すまでもなかった。


 「誰も……いない……そりゃ、そうか……な……ちょっと……みじめ」


 誰もいないところでは独り言が漏れ出てしまう。シズルは深くうなだれた。


 開かれていた扉がゆっくりと閉じられていく。カシャ、閉じた音に反応したシズルが後ろを振り返る。と、照明が消えた。

 突然の暗闇。


 「きゃっ!」


 シズルの悲鳴が合図で天井のミラーボールが回り出す。きらびやかなミラーボールの光が展示室を照らした。

 と、大音量の歌が響き渡る。


 ドゥルル♪ ドゥルル♪ ドゥルル♪ ドゥルルルル♪ ドゥルル♪ ……


 このイントロは! 

 あの、リトル・ペギー・マーチがカバー曲として歌った不滅の名曲!

 「アイ・ウィル・フォロー・ヒム」

 (*知らない人は、すみません。宣伝だと思って著作権は堪忍してくださいね。

いい歌なので検索して聞いてみよう!)


 I will follow him♪ follow him wherever he may go♪

 (私は彼について行く、彼がどこへ行こうと)


 展示室は一気に1960年代に突入した。そして、アイビールックで髪を七三に分けた少年が、指でリズムを取りながら現れた。……ケンジではない、もっと幼い。

 

 There isn’t an ocean too deep♪ A mountain so high it can keep me away♪

 (どんなに深い海、どんなに高い山も私を遠ざけられない)

 I must follow him♪ Ever since he touched my hand, I knew♪

 (彼について行かなくては、彼が私の手に触れたときから私には分っていた)


 少年は歌に合わせて手と足でリズムをとって熱い眼差しでシズルを見つめる。

 シズルはしゃがみこんで、両手で口を覆い、少年を凝視した。


 I love him♪ I love him♪ I love him♪ And where he goes♪

 (彼を愛する、彼を愛する、彼を愛する、だから彼がどこへ行こうと)

 I’ll follow♪ I’ll follow♪ I’ll follow…♪

 (私はついて行く、私はついて行く、私はついて行く...)

 ドゥルル♪ ドゥルル♪ ドゥルル♪ ドゥルルルル♪ ドゥルル♪ ……


 歌が終わると少年は声変わりしていない響く声で語っていく。

 シズルは独り言で応戦した。


 「棺桶に片足突っ込んだ、じいさん、ばあさんにとってはセピア色の思い出!」

 「……口、悪」

 「しかし、それは! 未経験のヤングにとって、異世界ファンタジー!」

 「ヤング……少年よ、それ、ほぼ死語」

 「ジジババには冥途の土産となるシンプルな思考は!」

 「怒られるよ」

 「ボーイズ・ビー・アンビシャス!」

 「ガールも入れないと突っ込まれるかも、って意味不明」


 少年はシズルに微笑みかけた。


 「大きくなったね、シズル。こんなに小さかったのに」


 少年は人差し指と親指で輪を作った。


 「ハムスターの赤ちゃんじゃないし。というか、年下だよね!」

 「ふふ、いくつに見える?」

 「熟女の切り返しか? 中一? 小六?」

 「それは、秘密です」

 「なんだそりゃ」

 「君は三才の時に見てる」

 「……なにを?」

 「君が探し求めるものだよ」

 「年下に上から言われると、むかつくんですけど」

 「本質に迫ろうじゃないか、ケンジだよ。会いに来たんだろう?」

 「ええ?!」


 (リップガール誕生の秘密 その6 へ、つづく)

 

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