第27話~28話

       27


 シルバに迫られたウォルコットは、足をやや進めた。間髪を入れずに、左でパンチを撃ってくる。

 すとんと身体を落として、シルバは避けた。両手を右後ろの地面に着けて、伸ばした左足を前百八十度に振り回す。踝を狙った足払い、アルヴァンカである。

 食らったウォルコットは、僅かに下半身をぐらつかせた。腰を軽く上げたシルバは、後ろ向きのまま左足を曲げた。溜めた力を開放して、ウォルコットを蹴り上げる。

 攻撃は脇腹に当たるが、ウォルコットは堪えた。シルバは離脱しようとするが、ウォルコットはぐるんと、細長い楕円状に右足を高々と上げた。

(ネリョチャギ! もらうわけには……!)

 片足ジャンプで、シルバはどうにか身体をずらした。踵落としが尻を掠めて、全身に衝撃が加わる。

 耐え切ったシルバは、縦の円を描いて直立に戻った。振り向きながら大きくジャンプ。右の踵を、フル・パワーでぶん回す。学生時代に修得した、付け焼刃のティミョパンデトルリョチャギ(跳び後ろ回し蹴り)だった。

 ドゴッ! ヒットの瞬間、側頭部から鈍い音がして、ウォルコットはがくんと左に落ちていった。

 即座にシルバは前方宙返り。両足で腹を踏み付けると、ウォルコットは、がはっと苦しげに呻いた。

 バランスを崩すが後転で退避し、シルバは起き上がった。地に伏すウォルコットを注視していると、だんだんとウォルコットの姿が消えていく。

 視線を上に移したシルバは、予期していた現象に気を引き締め直した。天井からはするすると、体格の良い男が下ってきていた。


       28


 龍爪掌の両手を胸の前に据え、リィファは半身の、重心を落とした姿勢で構えた。

 シルバとウォルコットの戦いも始まった様子で、後ろからは、二人の足が床を擦る音が聞こえる。

 前方に注意を戻すと、フランがひたひたと早足で寄ってきていた。瞳には、尽き果てぬ狂乱が宿っている。

 ぬるぬるとした歩法は、どう見ても八卦掌のものだった。戸惑いつつも、リィファは右の手刀をまっすぐに撃った。

 フランは顔の前に立てた左手で、リィファの右前腕を捉えた。上半身を右に捻って、軌道を変更する。

 右腕の上をフランの左手が滑ってきた。顔面への攻撃を、リィファはとっさに左手で押さえる。

 フランはあっさりと手を引いた。左手首を捕まえて、そこを基点にくるりと左回転。リィファの背後を取り、掌底で背中の急所を打ってくる。

 命中後、衝撃が体内に染み渡り、リィファの息が詰まった。さらにフランは、指先を喉へと飛ばしてくる。

 リィファは強引に左手を上げ、フランの脇を押した。大きく離れて呼吸を整え、冷静にフランを見遣る。

 嘲るように笑ってから、フランはどうでも良さそうな風に口を出してくる。

「さすがに気付いたようね。八卦掌、私も使えるの。私たちの超自然の力はおそらく、この不可思議で不可解な拳法に由来がある。もっとも未熟な貴女は、まだ実感がないでしょうけれど」

(ひたすら正確に、急所を狙ってくる! 戦い方は同じでも、踏んできた場数が違い過ぎる! 何かで、何かで差を埋めなきゃ!)

 焦るリィファに構わず、フランは再び接近してきた。少し前で止まったかと思うと、左拳が鼻へと向けてきた。

 目を凝らすリィファは左で逸らし、横にした右の掌でフランの頬を張った。

 フランの表情は僅かに揺らいだ。しかしすぐさま右手で手を掴み、押してきた。

 リィファはぐっと、全力で押し返す。競り負けたフランは、やや仰け反った体勢になった。

(ここだ!)

 リィファは右足を後方に振った。身体を半回転させつつ、左の掌でフランの胸を突き上げる。

 フランが軽く、後ろによろめいた。リィファは後ろ向きの姿勢を戻し、きっとフランを凝視した。

「なるほど。私はずっと『力』に頼ってきたから、膂力の勝負に持ち込めば拮抗できるって読みね。その浅薄で的外れな洞察に囚われたまま、息絶えなさいな」

(負けない! 私が負けると、先生が挟まれる! ここだけは、絶対に負けられない!)

 場違いに甘い囁きを無視し、なおもリィファはフランに立ち向かっていく。

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