第25話~26話

       25


「あなたは、落下現場を見に行った時の……。どうやって侵入したの? この部屋の扉はなくなってるし、階段を隠してた鉄板も、女の子の力で持ち上げられる物じゃあない」

 驚愕を浮かべるリィファが、訝しげに問うた。微笑のままのフランは、少し間を置いて滑らかに言葉を紡ぐ。

「武闘会にかこつけて、貴女に腕輪を贈ったでしょう。その腕輪はね。百二十年前に私が、国で最大のトネリコの木に三日三晩首を吊って得た物なの。気紛れで作ったのだけれど、案外重宝するのよ。祈念するだけで腕輪のある所に転移できるから」

「百二十年前」に「首を吊る」。何気ない口調に潜む異質な語に、シルバはぞっとした。

「百五十年前に私は、銀の衣を纏って巨月ラージムーンに来た。建国の折は予見の力で、どこに何を配置すれば愉快な国になるかを考えた。ああそうそう。巷で噂の影の統治者は私よ。

 さっき私と貴女は、特殊検体って呼ばれてたでしょ? そちらの一般検体さんとは違って、私たちには超自然の力が宿っているの。

 武闘会の決勝戦、途中からジュリアの様子がおかしかったでしょう? 私がやったのよ。ジュリアを乗っ取って、貴女の成長を確かめるためにね。三角行進トライアングルマーチの木も私。貴女は想像通りに防ぎ、私の同朋としての資格を得た。ラスターを使って穏便にご招待しようとしたけど、残念ながら不首尾に終わったわね」

「ジュリアちゃんを操ったの?」リィファは即座に、フランに詰問した。

「理解ができないわね。貴女は何を憤っているの? あんな子はただの端役。一般検体のシルバ以上に、無価値な存在じゃないの。身体の制御を奪われて、一突きで昇天するのがお似合いの末路よ」

「お前、あいつらが襲ってきた時もジュリアを……」激怒するシルバの言葉が切れないうちに、フランの視線はぎらぎらとし始めた。奇妙に恐ろしい威圧感に、シルバはそれ以上の言葉を失った。

「ただ貴女。宿命の打破だとか仰々しいことを言って、神星ジ・アースとのえにしを断ち切るつもりなのよね。気は確かかしら? 昨日、あれだけ神々しい光景を目にしておいて選ぶ道じゃあないでしょう。貴女は愛しい愛しい同朋。けれど、許されない一線は存在するの。私たちはこれからも、神人の箱庭の中で格闘家ピエロであり続けるべきなのよ」

 重厚な調子で凄むと、フランの後ろ髪は小さく持ち上がった。瞳は禍々しい血赤色に変わっており、目に映る全てを焼き尽くさんばかりの眼光である。口角は不気味なまでに吊り上がっており、邪笑といったような狂喜じみた様だった。

 おどろおどろしいまでの圧迫感に、空気の温度が上がったようにも感じる。今にも飛びかかって来そうなフランの様に、シルバは強く警戒をする。

「作戦変更です! フランは私が倒します! 先生は、ウォルコットをどうにかしてください!」

 リィファの叫びには、激しい切迫感があった。

「ふぅん。巨月ラージムーンに来たての小娘が、ずいぶんと大口を叩いてくれるわね。まだ貴女は力を自由には操れていないし、私も条件を合わせて戦ってあげる。お願いだから、一分ぐらいは保って頂戴ね」

 嬲るようにフランが呟いた。

「おーっと、これは予想外! 特殊検体A、フランの登場だぁー! 二人はまさに絶体絶命! この苦境をいったいどうくぐり抜けるのか!」

 実況が大声で煽った次の瞬間、ウォルコットとフランが、ほぼ同時に地を蹴る。


       26


 シルバの眼前でウォルコットは急停止。右膝を胸まで引き上げたかと思うと、びゅん、と足を伸ばしてきた。

 シルバは一歩引いて避け、ウォルコットの全身を見据える。

(シンプルなアプチャプシギ(前蹴り)だが、そこは伝説の武闘家。予備動作が極小で隙がねえ。残り二人のために体力を温存しておきたかったが、全力で飛ばさざるを得んな)

 同じく蹴りを主体とする格闘技として、シルバは学生時代、テコンドーも一通り学んでいた。ゆえに、ある程度はウォルコットの動きが解析できた。

 ふうっと息を吐き、シルバはジンガで接近する。

 斜め前に突いた左手で身体を支え、ふわりと跳躍。折り曲げた状態から、一気に膝を伸ばした。

 右足が勢いよくウォルコットに迫る。しかしウォルコットは、左手ですっと払った。すぐさま身体を後方に倒すと、びしりと蹴り返してくる。

 攻撃時とは真逆の動きで着地し、シルバは回避した。躱される予測は立てており、ウォルコットの動きは想定の範囲内だった。

 だがウォルコットは、けんけんの要領で前進。一度膝を曲げてから、さらに高速な蹴撃をしてきた。

 驚愕を得るや否や、シルバの顎に足の裏がぶち当たった。ごっと頭のどこかで音がして、シルバは後ろに倒れた。

 どうにか両手を突いて、ブリッジをした。そのまま後ろに回転して足を回す。

 あわよくばのカウンターは、空を切った。

 後方に逃れたシルバは、すばやく立ち上がった。ウォルコットは構え状態で、無機質な視線をシルバに向けている。

(スライド・ステップからの、連続ヨプチャチルギ(横蹴り)。骨の髄まで洗練され尽くした動作だ。……まだ足りねえ。もう一個、俺は俺を上のステージに上げる必要がある!)

 闘志を高めたシルバは、先ほどより躍動的なジンガを開始した。

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