第22話~24話

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 客席の下のスペースを抜けて、二人は内部に到達した。

 草の少ない広大な土地を風が吹き曝しており、武闘会の時以上に寂しげな雰囲気だった。

 人がいないと確認した後に、二人は中央へと歩みを進めた。夢の記憶を頼りに、シルバは地面を調べて回る。

 ほどなくして、鈍い灰色の突起が目に入った。接近したシルバは、近くで同じような行動をしていたリィファに教えた。

 二人して周りの土を退けると、鉄の板が姿を現した。

 一辺が大人の足の三倍ぐらいの正方形で、先ほど見えていた部分は取っ手だった。

「こんなに目立つ物がずっとあったら、絶対に誰かが発見してますよね。ちょっと前には武闘会も開かれましたし」

 リィファは鉄板に不思議そうな視線を遣りつつ、訝しげに呟いた。

「武闘会が終わった後に、出現したって推察が妥当だろな。にわかには信じ難いがよ」

 不審な思いを抱きつつ、シルバは取っ手を両手で持った。

 全力で真上に引いていると、リィファが反対側から手を差し伸べ、シルバに助力を始めた。

 すぐにぼこっと音がして、鉄板は外れた。脇に板を置いたシルバは、板の下の空間を覗き込んだ。

 地面から黄土色の古風な階段が続いており、両横には似た雰囲気のブロックが積み上げられている。十段より先は、暗闇に包まれて見えなかった。

 シルバを先頭にして二人は進み始めた。

 後ろのリィファは七段下りてから、鉄の板で再び階段を隠した。暴徒の追撃を防ぐためだった。

 階段は果てしなく続き、しだいにひんやりとしてきた。全くの無音だったが、終始何かが息づいているような気配がしていた。

 百段ほど下った頃に、前方の闇が僅かに黄土色を帯びた。さらに行くと壁がはっきりと見え始め、その手前で階段が途切れていた。

 下り切った二人は、経路に従って左折した。通路は一人分の幅で、天井はシルバの背丈より少し高い程度だった。

 壁には等間隔に、握り拳大の白球が埋め込まれている。それぞれの放つ仄かな光で、周囲はほんのりと明るかった。

 十歩ほど歩いたシルバは、黒々とした木の扉の前で立ち止まった。後ろを振り向くと、リィファが重々しい表情で小さく頷いた。

 向き直ったシルバは、鉄の取っ手を押した。ぎっと小さな音の後に扉は完全に開き、二人は中へと入っていった。


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 暗黒の空間を、シルバはそろそろと進んだ。

 三歩行った途端、ふうっと闇が掻き消えた。僅かに目を細めた後に、シルバは周りに目を遣る。

 部屋は完全な立方体で、アストーリ校の教室が九つ入りそうなほど広かった。

 壁、床、天井は湿った土でできており、柔らかな茶色には温かみも感じられた。四隅には三本足の灰色の燭台があり、人の胴の太さの四本の蝋燭が静かに燃えている。

「シルバ先生、扉が……」

 リィファが困惑を滲ませて呟いた。振り向いたシルバは、予想通りの光景を目にした。入室時に開いた扉が消えており、全面が壁となっていた。

「もう、こんぐらいじゃ驚きゃしねえよ。退路を断たれた? 上等だ。こちとら初めっから逃げる気はねえんだ。何が待ってようがぶちのめして、『宿命の打破』とやらを成し遂げてやる」

 シルバは自らを奮い立たせた。身体を戻して、再び正面に目を向ける。

 穏和でゆったりとした女性の声が、どこからか響き始めた。

「むかーしむかしの二百五十年前、格闘技の発展過程の検証のためのプログラム、『月の庭の格闘家ピエロ計画』は始動しました。私たち地球人が作り上げた天体、巨月ラージムーン。そこに、当時の科学技術の粋が集まり、地球の環境が見事なまでに詳細に再現されていきました」

 しかし依然、がらんどうな空間に動きはない。

「被験者を誰にするかについて、世界中で論争が起こりました。懲罰の一環として犯罪者を使うべきだ、との意見がありましたが、人権団体からは強い反発がありました。

 私たち日本人は、当時、下僕としていたケイ素生命体の亜人に着目。今から二百年前、心身の健康な百体を選抜し、記憶の消去と各種の格闘技の技術の伝達に加えて、格闘技以外の戦闘手段を開発しないよう脳の構造を改変。万全の準備を終えて、彼らを巨月ラージムーンに遣りました」

(……計画、か。「ケイソ」って語は理解できんが、俺たちは地球人とは根本的に別物で、奴ら手の中で踊らせられてたってわけかよ。……どこまでも舐めてくれる)

 怒りの発露をどうにか抑えて、シルバは謎の声に耳を傾ける。

「五十年後に私たちは、虎の子の、不死の特殊検体Aを投入。彼女は巨月ラージムーンで権力を握り、アストーリ国が生まれました。以降、私たちは定期的にゴレンジャー・ロボを発射。巨月ラージムーンの住人に適度な危機感を抱かせました」

(……『彼女』? アストーリは、三人の男が建国したんじゃ…)

 考え込むシルバを余所に、女は明朗な調子で話し続ける。

「アストーリ国では順調に、亜人の世代交代が行われていきました。時は流れて今から十八年前。私たちは、一般検体Bを巨月ラージムーンに投入。身体の成長を待って特殊検体Cを仕向け、精神面での充実も達成しました。

 そこで私たちは、百体の強化型ブラック・ロボにより一次試験を実行。検体Bの成長を確認した後に、検体Cの力を用いて、地球の支配からの解放を懸けた最終試験の開催を仄めかしました」

(十八年前に送った検体Bに、しばらく経ってから送った検体C。……俺とリィファを指してるとしか思えん。それに「ロボ」……。さっきから意味不明だが、詰まるところ一色服の連中は、俺たちの実験のための……)

 シルバの思案は、さらなる女の言葉によって遮られる。

「さあ、いよいよ最後のテストが始まります! 伸るか反るか、天下分け目の天王山! 相手はアストーリ最強と名高い三人! 勝てば解放、負ければ死あるのみ!

 ちなみにちなみにっ! 一般検体Bことシルバは、大事な大事な教え子、ジュリアちゃんを既に失っています! これ以上の悲劇は何が何でも避けたいところっ! 果たしてカポエィラ使いの格闘家ピエロは、自らの呪われた運命を変えられるのかっ! それではっ! 最終試験、開始っ!」

 女の妙に弾んだ声が止むと同時に、重々しい音楽が聞こえ始めた。

 ――コー、――ホー、――コー、――ホー。

 音楽のバックでは、規則的で人工的な呼吸音がしている。

 しばらくすると、部屋の向こう側の天井を擦りぬけて、人型の物体が下りてきた。シルバは精神集中をしつつ、全身に目を配る。

 脛までを覆う靴、縦線の入った服、踝にまで至るマントに、太いベルト。物体はひたすら黒一色だった。

 顔を隠すマスクもやはり黒で、目の部分は楕円、口の部分は三角形の構造だった。頭部は金属と思しき素材で、肩に向かうにしたがって末広がりとなっている。

 重厚な着地音の直後に、物体は手の中の銀色の棒の端近くを指で押した。ブゥンと音がして、血のように赤い光が棒の先から飛び出した。


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「私があいつを引き付けます。先生はまずは、あの武器の排除に専念してください」すぐ隣まで来たリィファが、真剣な調子で囁いた。

 苦々しい思いのシルバは、リィファに渋い顔を向けた。

「駄目だ。お前が犠牲になるような戦法を、採るわけにはいかない。言っただろ。二人とも無事に日常に帰還する、って」

 力を籠めて返すと、リィファは確かな眼差しを返した。

「私の攻撃が当たったって、あいつには大したダメージはありません。だから、囮作戦が最善なんです」

 瞳の奥を覗き込むような視線に、シルバは言葉を失った。するとリィファは、ふわりと笑んだ。

「大丈夫。私は絶対、絶対、生きて地下を出ます。先生に一生、後悔させたくなんかないもの。ジュリアちゃんの分まで、貴方とずっとずーっと一緒にいます」

 誠実な声音が優しく耳に響き、シルバは表情を緩めた。

「ああ、わかった。どんな手を使っても、奴の隙を突いてやる。……にしても情けない。俺は、年下の女子に助けられてばっかだな」

 思わず感慨を零し、シルバは黒服の物体を直視した。

 すると黒服の身体が徐々に透け始め、中から茶色の短髪の青年が現れた。

 持っていた棒は、どこかに消えていた。鮮明な青の道着は四肢を完全に覆っており、腰には黒の帯が巻かれている。

(……建国の功労者の一人、ウォルコットだと? 百五十年近く前の人物だぞ? 死人の復活も、奴らの技術の賜物ってわけかよ。……というか、黒服での出現には何の意味があったんだ? 隅から隅までふざけてやがる)

 焦燥と憤りを得ながらも、シルバは構えた。

 ウォルコットは左前の姿勢で、握った拳を胸の前に持ってきた。黒く茫洋とした瞳は、心を感じさせなかった。

 意志を固めたシルバは、動き出そうとした。

 その瞬間、「止まりなさい」と、流麗で高い、歌の一節のような声が後ろからした。シルバとリィファは、同時に振り向いた。

 そこにはフランが、以前に出会ったままの形で悠然と立っていた。二人に向かって、深く鷹揚に笑んでいる。

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