第29話~30話

       29


 シルバがウォルコットを倒した後も、二人の闘争は続いた。投げ、蹴り、突き、打ち込み。フランはどれにおいても、正確無比かつ変幻自在だった。気を張り続けるリィファは、しだいに精神の疲弊を強めていく。

 近接間合いのフランは、脛を狙った腿法ウーファ(蹴り技)を放ってきた。リィファはとっさにくるりと反転。大股で二歩引いてから、素早くフランに歩み寄った。勢いをそのままに、左手を突き込む。

上下換掌じょうげかんしょうね。小癪」

 フランは詰まらなさげに呟き、腕で捌いた。即座に歩を進め、肘打ちをしてくる。

 為す術もなく、リィファは腹部に食らった。内臓が凹むような不快な感覚を得ながら、リィファは一つの事実に思いが至る。

(……くっ! ……まただ。また、息を吸う瞬間にやられた。もう間違いない。衝撃に弱いタイミングを狙って攻撃をしてきてる。「力」を使ってないとしたら、とんでもない腕前だ)

 焦燥を加速させながら、リィファは左足を擺歩で進めた。左拳が飛んでくる。頭を振り、被害を掠めるだけに止める。

 軽く身体を沈めて、フランの後ろに回り込んだ。右の手刀を脇に遣ると、フランは手首で受け止めた。

(よし! 私の得意な流れ!)

 確信をしながら、リィファは右手を上に持っていった。フランの左腕は万歳状態。掌底で今度こそ脇を打つ。

 フランは微かにぐらついた。両腕で左手を制しつつ、リィファは右回転。捻りの力も利用して、肘を腹にぶつける。

 まだ連撃は終わらない。リィファは右手を抜いてきて、後頭部をはたいた。フランの左足に右足を密着させた状態で。

 フランは綺麗に払い倒され、ぐるんと前方に円転した。

 フランはもろに頭から落下し、ゴッ! 鈍く痛々しい音を立てて、地面に転がった。リィファははっとして静止し、横向きで伏すフランを見遣る。

(……やっちゃった。今の落ち方は、まずい。……あ、でも。さっき確か不死って話して……)

「随分と調子付いてくれるわね」

 平坦で、鈴を転がすような美しい声が、リィファの思考に割り込んだ。

 直後、フランは立ち上がり、リィファの瞳を覗き込んだ。口元に浮かぶ柔らかな微笑は、一見優しげでさえある。

「だけど嬉しい。この域にまでは来てくれて。なにせ私は不死。永い人生には、相応の享楽が不可欠なの」

 穏やかな言葉が切れると同時に、フランの髪はふっと白色に変わった。永久不変を予感させる、あまりにも白過ぎる白だった。

「お見せした八卦掌は、目覚めた時から身に付けてたの。だから、ここまでは純然たる余興。今から披露する体系は、神星ジ・アースからの神告オラクルを受けて私が編み出した物。天国への餞には似合わしいから、安らかに逝ってくれて結構よ」

 疲労の蓄積を痛感しつつも、リィファはどうにか、迎え撃つ準備を整えた。


       30


 リィファとフランの八卦掌が火花を散らす中、シルバの目の前には、五十歳近くと思われる壮年の男性が降り立っていた。

 面長の精悍な顔には薄く皺が見える。だが、どの部位も締まっていて年齢を感じさせない。

 踝までの黒の袴と檸檬色の道着を纏っており、佇まいにはぴりぴりするようなプレッシャーがある。

(合気道の達人、テンガ。加齢で身体が衰えてっても、後進を寄せ付けなかった猛者って話だ。合気道は対戦経験がほぼねえし、慎重に行かねえと瞬殺されかねん)

 シルバが思案していると、ゆらり。テンガは右前の半身になった。やや屈曲させた掌を、腰の高さで上下に構えている。

 通常のステップで寄せたシルバは、九十度に曲げた膝を持ち上げた。

 一気に溜めを開放。遠めの位置から牽制のポンテイラ(親指の付け根での前蹴り)を放つ。

 テンガはすうっと、両足の交差のない摺足で引いた。シルバの蹴りを紙一重で回避し、滑らかな所作で反転。開いた右手を真っ直ぐに振り下ろす。

 シルバはとっさに、伸ばした右手を斜め上に遣った。テンガの打ち下ろしを、払って躱す意図である。

 しかしテンガは、手の降下を途中で止めた。そのままぬっと歩を進めると、シルバの右手に右腕を付けて制した。

 惑うシルバにお構いなく、テンガは右から背後に回ってきた。右手で右手首を、左手で首を掴み、全身を使って引き込む。

 シルバの上半身は大きく前傾した。だが、まだ投げは来ない。右腕でシルバの顔を抱え、テンガは逆方向に力を掛ける。

 今度こそ投げられ、シルバは地面に打ち付けられた。暴徒の投石による出血部を強打し、頭に稲妻のような激痛が巡る。

 シルバは自ら横に転がり、機敏に起き上がった。ぐんと直進し、斜め前に身体を沈め始める。

 シャペウ・ジ・コウロ(両手を突いた回転後方蹴り)を、見舞うつもりだった。

 だが、テンガの右手は敏速に伸びた。前に出ていたシルバの右手は、がしりと掌握される。

 右腕が頭の高さまで上げられた。テンガはさらに、左手で肘を掴んだ。直後に両の手で左腕を捻られ、シルバの肩にぴりっと痛みが走る。

 折られるわけにもいかず、シルバは倒れていった。テンガは下方へと、腕に力を加えてくる。

 地に着く直前で、シルバは背中を目一杯反った。蠍の尻尾のように足を振り、テンガの背を蹴り込む。

 攻撃は当たった。束縛が緩んだ。右手を強引に振って逃れ、シルバは這ってテンガから離れた。

 少し距離を取ってから、素早く立位に戻る。

(固め技からの骨折っつう、最悪の展開は免れたか。が、やはりテンガは老練だ。一筋縄じゃあいくわけがねえ。頭を回せよ、俺! 勝つ以外の道は、端っからどこにも存在しねえんだ!)

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