第13話~15話
13
(……っ! ジュリアっ! だから離れてろっての!)
声に出すわけにはいかず、シルバは必死に目で合図を送った。しかしジュリアは意にも介さず、ひたひたと歩いてくる。
二歩ほどの距離まで辿り着くと、ジュリアはふいに足から飛び込んだ。地面の左手で身体を支え、右脚で腿、左足で膝。黒服の脚部を挟んで縦に回す。
綺麗なチゾウラ(蟹挟み)を食らうが、黒服は転ぶ素振りすら見せない。驚きの表情を浮かべつつ、ジュリアは背中から落ちていった。
黒服はぐるりとジュリアを見遣る。どこまでも意思が感じられない挙動だ。右膝を突くと身体を沈め、右の手刀を振り被った。
素早く黒服の脚部から脚を離し、ジュリアはごろりと左に転がり躱した。間髪を入れずにズドン! 黒服の指先が一瞬前までジュリアがいた箇所にめり込んだ。
ジュリアは立ち上がるべく、両手を地に突いた。だが、ぱたり。ジュリアは再度地面に仰向けになった。
「何これ……。体が動かな……。助けて……」
ジュリアから絶え絶えの声がした。姿勢を戻した黒服はジュリアに近寄り、再び右手を上げた。
(待てっ……)シルバが焦る一方で、黒服は右手を振り下ろした。とてつもないスピードの手刀が、みしり。ジュリアの左胸に突き刺さった。
瞬間、ジュリアは目を見開き、大きくびくんと跳ねた。すぐにくたりと倒れ込み、完全に動きを止める。
刹那、シルバの全身を熱くて冷たい物が駆け巡った。一瞬で漲った力を解き放ち、しゃがむ黒服の脳天に回転踵落としを叩き込む。
蹴りはクリーン・ヒットし、黒服の頭はぐんっと下に向かった。起き上がる動作を利用し、シルバは右足を水平に振り抜いた。
側頭に食らった黒服は、ぐらつく身体を左手で支えた。だがすぐに向き直り、まっすぐに手刀を飛ばしてくる。
喉に至る寸前、ゴッ! 真横からの跳び膝蹴りが黒服の耳にぶち当たった。今度こそ黒服は地面に倒れ伏す。
「こいつは私に任せて、その子をどうにかしてやれ! 子供の心臓に、まともに突きが入ったんだ! 処置が遅れたら、命に関わるぞ!」
乱入した自警団団長が、悲壮な声色で怒鳴った。黒服のマウント・ポジションを取り、殴打を連続させている。
返事もせずに、シルバはジュリアに寄っていった。
「ジュリア!」
耳元で悲痛な声を掛けるが、反応はなかった。焦って口に顔を近づけるが、呼吸が感じられない。
シルバは素早く、ジュリアをまっすぐな仰向けにした。ぐん、ぐんと、組んだ両手で胸を圧迫する。
三十回ほど続けてもジュリアには蘇生の兆候すらない。
絶望を深めるシルバは、ジュリアの顎と額を指で支えた。大きく息を吸って口を口で覆い、長々と息を吹き込む。
一秒間、持続してから、シルバは顔を上げた。なおも動かないジュリアの頬は、なぜか笑っているように思えた。
「ありがと、センセー。でも、もう、良いよ」どこかから、澄んだ声音が聞こえた気がした。
(うるせえ、黙ってろ! 何がどう良いっつうんだ!)強引に振り払ったシルバは、再び人工呼吸に取り掛かった。
14
シルバは以後もずっと、ジュリアの蘇生を試みていた。しばらくすると、白色の衣服で四肢を覆った三人の救護隊が現れた。一人がシルバに事情を聞きつつ、残りがジュリアを担架に乗せる。
その場を後にしようとする救護隊に、シルバは早口で同行を申し出た。
が、「君が来たって何もできない。私たちが誇りに懸けても命を繋ぎ止めるから、あいつらをやっつけてくれ」と最年長の隊員に諭されて、シルバは呻くように返事をした。
救護隊は向き直り、きびきびと走り去っていった。
呆然とするシルバの耳に、殴り合う音や荒々しい命令の声が届き始めた。我に返ると目の前で、ジュリアを襲った者だろうか、一人の黒服が仰向けで伸びていた。
シルバは視線を遠くに遣った。黄組のスタート地点に至る大通りでは、二人の黒服が背中合わせに立っていた。びしりとした上下の手刀の構えは、見事なまでに左右対称である。
二人の付近には、自警団を含めた八人がいた。ただそのうちの三人は倒れており、苦しげに身を捩っていた。
ゆっくりと回って、シルバは周りを確認した。一人、二人、三人、四人……。
至る所に黒服がおり、人々が取り囲んでいた。だが最初に見た戦場が最も手薄に感じられた。
意を決したシルバは走り出した。だがジュリアがやられた光景が脳裏に焼き付いており、思考に霧が掛かったような心境だった。
視線の先、二人の黒服は同時に動き、瞬く間に同数の自警団が地面に叩きつけられた。
15
戦闘は、苛烈を極めた。阿鼻叫喚の地獄の中で、黒服たちは無尽蔵に突き、殴り、跳ね、走り、去なし、打ち、避け、押さえ、回り、投げ、蹴り続けた。
何の格闘技も感じさせない動きに、人々は次々と倒れていく。だが黒服たちは、ほぼ全員が健在だった。
シルバはずっと、ジュリアの昏倒後に乱入した場所で戦った。二人の仲間との共闘だったが終始、押されがちで、意識は朦朧としていった。
どれほど経っただろうか、爆速ダッシュの後に黒服は右足で跳んだ。左脚を直角に上げてぐるぐると回りながら、シルバの仲間の青年に向かっていく。
疲労困憊の青年は、一歩も動けずキックを食らった。受け身も全く取れずに、ごろごろと真横へすっ飛んでいく。
(……! 何だ、そりゃあ! 出鱈目にもほどがあんだろ!)
シルバが戦慄していると、すたっと着地した黒服たちの胸の球が赤く明滅を始めた。ピコン、ピコンと、規則的な高音までしていた。
点滅開始からも、交戦は続いた。黒服たちの戦法はいよいよ滅茶苦茶で、スキップのような動きまで交えてきていた。
一分ほどが経ち、黒服たちはすっと構えを解いた。
両手を後ろに振って膝を曲げると、大きく跳躍。流星のような勢いで、バシュウ! 遥か空へと飛び去って行った。
四方八方で、黒服たちの飛翔が続いていた。辺りは一瞬で静かになった。
しかし誰一人として歓声を、上げる者はいなかった。果てしない疲弊感と唐突な大襲撃の混乱とが、国中を包んでいた。
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