第43話「分散型受信設備系」
ティンさんは条約軍司令部という何者かの密命を受けて動いていたらしい。条約軍司令部は地方監閣下が連絡員を名乗る人と面会するほど連邦内部にも隠然たる勢力を持っているらしい。そして、この事実は、警備部にすら知らされないほど高度に隠蔽されているらしい。そして、ティンさんは何者かから私に接近するよう指示されたようなことをこぼしていた。
これら穏やかでない事実から「未知敵対者」のことを連想したのは
「あり得るよね」
「
「厄介ー!」
うなだれた。ケイレアを向こうに回しかねない状況にあるという現実は、直視したくない種類の現実で順位を付ければ相当上のところにある。受け入れるのは骨だ。
そう思っているのは私だけではないらしく、フェリは椅子から立ち上がって落ち着かない。
「気に入らない。気に入らないわ。警備部は連邦行政の陰を司る懐刀。その警備部があずかり知らないところで陰謀めいたことがなされている? 穢れ仕事担当の警備部にすら任せられない仕事。クロエは想像が付いて? きっとロクでもないことよ。動きの出所はどこ? 代統領陛下? 国務長官の誰か? 地方監と同格かそれ以上のところから来ていると思うけど……」
フェリみたいに絵に描いた才媛然とした人はうろうろと室内を歩き回っているだけで絵になる。私がやっても変人の奇行にしか映らないだろう。アトミールだったら……いや、これはこれで違和感があるな。アトミールならこう、黙って考え込む素振りを見せて、髪がふわっと流れて……。
脇道へと突き進もうとする自分に気がついて、慌てて進路を戻した。
「連邦警備部って線はないの?」
フェリが属しているのはあくまで地方監部の警備部。ケイレア直轄の警備部よりは格下だ。もしかしたらその辺りの兼ね合いで、地方監部警備部に降りてきていないだけ、という可能性もある。
「絶対にないとは言わないけど……。ううん。そうね。クロエが正しい。判断する材料が足りてないわ。足りないものは、集めればいい。アトミール。あなた、無電の中身がわかるのよね。どれくらいわかるか教えてもらえるかしら」
フェリは自分の机の前に立ち止まってこちらを見ている。背後の窓から差す陽の光は、フェリの横顔に複雑な陰影を添えていた。
「その質問は細部の文脈が不明瞭です。……フェリエスさん。何をしたいかを教えてください。用いる技術についての基礎的理解が一致していない状態で技術的な議論を行うのは効率がよくありません」
「小石を投げて広がる波紋を確かめたいの。それにはケイレア中央通信所とアストーセ地方監部通信所から送信される無電の内容をありったけ傍受することが必要。できる?」
「受信さえできれば容易いです。アストーセ地方監部通信所の通信なら今でも時折受信できていますが、問題はケイレア中央通信所ですね。アストーセ宛て中継通信なら今のままでも問題なさそうですが……フェリエスさんがお望みなのはそれだけではないでしょう?」
「ええ。他の地方にどんな通信がなされるかも含めて知りたいの。全部じゃなくてもいい。でも、できる限り全てを」
ふわりとアトミールの髪が広がる。考え事をしている証拠だ。
「できるかもしれません。宝冠山脈の向こう、通信所の波長では表面波も届きませんが、電離層反射を利用すれば……」
彼女の視線がちらと私を向いた。
「つまり、ある波長の電磁波が反射するような層が空中に存在するんです。昼間は隠れていますが、夜間になると姿を現します」
ピンときた。通信所員の方に根掘り葉掘り聞いていた子供時代の思い出が蘇る。
「
通信員はケイレアで特別な訓練を受けて派遣されてくる人たちで、ヒンチリフ家の家臣ではない。行政区に対する監視役も兼ねていて五年するとどこか違う行政区に行ってしまう。当然受け入れるこちらと通信員さんの間には多少の緊張関係がある。でも、私が小さい頃の通信員だったリューミスさんや家族の人たちはよく私の相手をしてくれていたものだった。大人の事情なんて知る由もない私はリューミスさんのところに行っては無電の使い方を聞いていた。今も元気にしているのかな。
「それです。昼夜で届きやすい波長が異なるのですが、通信所で使っている波長は夜間の方が遠くまで届きます。これを十分強力な受信設備で受ければ傍受できるでしょう」
「問題はどれくらいの設備を用意すればいいのか、そもそもそれは用意できる範囲なのか……ってことだね」
「空を飛ぶ無電の波は海をわたる船みたいなものだ」というのがリューミスさんの口癖だった。つまり、人事を尽くした後は波風が船を目的地に届けてくれることを祈ることしかできないということだ。波風を操るような術が古代に存在しない限り、アトミールの答えは渋いものになるだろう。
「事前の予測は困難です。送信元までの概略距離は既知ですし、そこまでのおおまかな地形も三百年間の風化浸食を無視すれば既知です。しかし、大気の状態を観測する手段がありませんし、送信出力もわかりませんから。なるべく大規模な受信設備を整備する、という以上の提案は難しいです」
予想したとおり、あまり前向きな返事ではない。その答えを聞いて、フェリの眉根が寄せられた。
「困ってしまうわね。ただでさえ大型設備の建設なんて目立つのに、大きさも何もかも不明となると誤魔化しようがない。これではとても動けないわ」
ううん。議論は暗礁に乗り上げてしまった。アトミールの意見はきっと正しい。どうしようもないことなのだろう。でも、フェリの意見も正しい。フェリは大貴族の娘とはいえ所詮駆け出し官吏、動かせる人も物もお金も限度があるし、上級官吏から目を付けられればひとたまりもない。むしろ、大貴族の娘という立場だからこそ、私よりも自由がきかないと言えるかもしれない。田舎貴族のお転婆二女がまたおかしなことをしでかした、というわけにはいかないのだろうから。
ふと気付いた。今私がすべきことは、二人の意見の折衷案を出すことだ。アトミールよりは世渡りについて知識があり、フェリよりは古代の技術に明るい人間、それが私。なんだか自信が湧いてきた。私ならうまいやり方が思いつくんじゃないかしら。
よし、考えよう。手始め、古代には見ることのできない武器というものがあったらしい。見えない武器。それは大変恐ろしいだろう。暗殺だってやり放題だ。
「アトミール。例えばだけどさ、見えない設備をこっそり作ることはできないかな」
「クロエさん。すみません。意見の意図が、いえ、意図はわかりますが……」
困った顔してる。あれ、何か間違ったかな。
「ほら、古代って見えない武器、みたいなものがあったんでしょ。そういう風に……駄目かな」
「
黙って頷くフェリの目は私に向けられ、哀れみを視線に乗せて運んでくる。おかしい。こんな筈では。いや、諦めるな私。ふわふわとした伝承しか残っていないものを前提に議論したからおかしなことになったんだ。今私の知る一番確かで、一番高度な古代の技術。そう、アトミール。彼女のことを考えよう。
彼女は強くて、綺麗で、優しくて……違う違う。もっと具体的に考えないと。彼女は人にできることなら何でも人より上手にできて、しかも電波みたいな人間には認識できないものも感じることができる。電気を操ったり、重傷のミューンを直したり……そうだ。あのときアトミールは自分の体の一部を白い泥に変えて操り、ミューンを救ってくれた。白い泥は何かと言えば、アトミールによると彼女を構成するごく小さな機械の集まりだという。アトミールみたいに驚くべき力を、ごく小さなものの群れが実現している。それなら、受信設備だって同じことができるんじゃないか?
「はい! 別の案! 大きな設備は目立つから、ずっと小さな設備を沢山置いて代用するのはどう?」
「クラスターですね。能率は落ちますが、可能ですよ」
やった、ついに鉱脈を掘り当てた! 興奮で口が勢いよく回る。
「ありがとう。じゃあ、フェリ。単刀直入に言うよ。急ぐ?」
「早いに越したことはないけど……急いで目立つくらいだったら、慎重に進めた方がいいわね」
よし。わかった。それなら方法はある。
「私はこれからアストーセ直轄地に対する公用外地巡察を申請します。その間にあちこち設備を並べていくの。設備はごく小さくて、目立たない。どう?」
フェリが真面目な顔でこっちを見てくるものだから、何か変なことを言ってしまっただろうかと心配になってしまった。
「クロエ、あなたそんなこと考えられたのね」
「ちょっと、私が寝技はなんもできない石頭みたいな言い方じゃない?」
「違うの?」
「……いや、私だって……ちょっとはそういうとこあるかもしれないけど……」
いじける私を見てフェリが笑った。
「もちろん。私が知らないわけないじゃない。でも、
画期的な意見で場を制したはずが、最終的にはフェリに良いところを持って行かれたような感じだ。でも、事実なんだから仕方ない。いつだって格好を付けたがるのもフェリの面白いところだしね。感謝を伝えて私たちは離れへと戻ることにした。これから忙しくなるぞ。
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