第39話「意志決定サイクル」
開いた口が塞がらなかった。
アルスパリアがまだ小指の爪ほどの大きさにすら見えないときから戦いは既に始まっていた。アトミールが身の丈ほどの長い銃から轟音を轟かせると、アルスパリアのすぐ傍に爆発が起きる。ふらふらと高度を下げたアルスパリアが浅瀬に立つなりまた爆発。信じられないような規模だ。半球状の雲が生まれてこちらへ迫る。怖くなって目をつぶったけど、僅かな風を感じただけだった。一体これはどんな現象なんだろう。好奇心が芽吹くけれど、今はそれどころじゃない。
古代の戦争は、このようなものだったのだろうか。
アルスパリアは両足を失っている。彼女を護衛していた飛行機械の一つに腰掛け、かろうじて移動手段としているように見える。絶体絶命のはずのアルスパリアは、以前の戦いでも見せた槍と銃とをたくみに操りアトミールを近づけない。僅かに隙らしいものが見えても、残った飛行機械の援護がその隙を塗り潰してしまう。
「アトミールさまはこのままでは負けるでしょう」
「お嬢さま。何らかの援護が必要ではないでしょうか」
「ふうん。あなたには何か考えがあって?」
「いいえ、お嬢さま。それを判断されるのはお嬢さまですので」
隣から聞こえる不吉な会話。
「待って待って。もう負けちゃうってわかるの? 互角の戦いじゃない。アルスパリアは両足もやられてるんだし」
冷静さを失った私に、ピルナさんは内心の見通せない穏やかな調子で言い聞かせてくる。
「いいえ。クロエラエールさま。今の瞬間を切り取ったものとして戦闘を考えてはなりません。過去から考えてもなりません。今現在の瞬間から敷衍して、最終的にどうなるかによって考えなくてはならないのです。なるほどアトミールさまはここまで多大な戦果を上げられました。アルスパリアに先んじて翼を奪い、両足をも失わせました。しかし、今の戦闘を続けたとき、これ以上優勢になり得るように見えますでしょうか?」
確かに、見えない。このまま長期の持久戦にもつれ込めば、以前の戦いと同じ結果となるかもしれない。
「お伺いしたところでは、全自律無人機というものは大変に回復力が高いのですよね。無傷の状態であるアトミールさまはこれ以上回復しませんが、手負いのアルスパリアは持久戦になればなるほど回復する。となれば、最終的に押し切られるのはアトミールさまの方。管見の限りでは、そのように見受けられます」
急に不安になってきた。また動かなくなったアトミールのそばで待ち続けるのはいやだ。いや、そんなことすら許されないかもしれない。アルスパリアは、今度こそアトミールを完全に地上から滅ぼそうとするだろうから。きっと予告通り、邪魔する人間を殺す準備だって整えているだろう。
「……あの銃だよね。多分、あれをもう一回使えれば流石のアルスパリアだってたまらない」
「クロエ。今のあなたの目、結構怖いわよ」
「状況を認識すれば怖くもなるよ。それで、フェリはどう思う?」
「撃てる状況を作ることが可能かどうか、よね。アトミールはどうなの。もう一回撃てるのかしら」
「君たち。そういう話はアルスパリアにも聞こえているかもよ?」
イコさんのおどけた声に血の気が引いた。
「嘘、こんな距離で!?」
「嘘。……まあ、ちゃあんと気を利かせて僕が妨害してあげてなかったら、どうだったかわからないけどね。アトミールのテレメトリはこちらにも来てる。EUU25の充電は通常出力に対して現在九割強。アトミールが銃を拾って、残りを充電して……。装填も含めて十秒というところかな。全自律無人機同士の接近戦では永遠に近い時間だ。永遠の時を稼ぐことが君たちにできるかな?」
「やってみせるよ」
イコさんは笑顔を作って答える。
「一つアドバイスをしよう。僕ら無人機の足を止めるなら、物理的に止めることだけを考えちゃいけない。意志決定サイクルを妨害するんだ」
「ありがとう。それって、相手を考え込ませるってこと?」
「それだけじゃない。意志決定は観測、解釈、判断、行動の四段階だ。物理的に止めるというのは行動を妨害する方法だし、考え込ませると言うのは解釈や判断を妨害する方法。観測を妨害する、という方法もあるよね」
目潰しされれば観測できないから解釈も判断も行動もできなくなる。状況が混沌とすれば解釈ができず、判断も行動もできなくなる。二律背反で判断ができなくなれば行動できない。イコさんの言っていることはそういうことだろう。
と、すれば――。
アルスパリアの行動を私たちが止めるのは難しいだろう。判断する速さも、解釈する速さも私の想像を超えているに違いない。観測を妨げると言っても、アルスパリアの観測だけを妨げるような方法は思い浮かばない。万事休す? いいや。一つ、思いついたことがある。今までアトミールと旅してきた経験がアルスパリアにも適用できるとするなら。
「こっちの出方が読めないような動きを沢山やろう。火を焚くとか武器らしいものを向けるとか」
「私だったら無視しますけど」
ティンさんは疑わしげだ。でも、私には自信がある。
「普通ならそう。でも、多分
「クロエの言いたいことはわかるけど、それで十秒も稼げるの? 数秒が関の山に思えるけれど」
疑問はもっともだ。フェリは流石に痛いところを突いてくる。しかし、私は胸を張った。
「それで十分だよ。取りこぼした分はきっとアトミールがなんとかしてくれる。私たちはできる限りのことをやろう」
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